第8話 色魔に挑む真の戦い②

 フォン、と高い音が響く。あまりに一点に魔力を集中させたため、敵の体に触れた際に、大きな反動があったらしい。


「んっ……」


 魔力を直接流し込む。敏感になるのもやむなし、といったところだ。


 簡単に【教育】には屈さなかった。精神干渉系であるから、簡単に操作を受けることもない。

 今回の場合は、こちらの格が上だった。


「あああああ!」


 時間を経て、色魔サキュバスは大声をあげた。半ば強引に魔力を入れ込まれた拒絶反応は、大きかった。


 ・⚫︎REC

 ・な、なんてひどいことをぉ(棒)

 ・いけません、いけません、いけませんって


 コメントが急に伸びていくのがチラリと見えた。視聴者数もぐんぐん伸びている。人は本能には逆らえないのだと、やや失望するのだった。


「……わ、私はどうして」


 一度中に入ってしまえば、【教育】の力は有効に活用される。もう、この色魔サキュバス使魔ファミリアの一員である。


「君は僕を倒そうとした」

「な、なんてひどいことを……」

「人間をたぶらかし、命を奪おうとする。立派な本能だよ。後悔することもない」

「でも私は、

「悪くない。君は考えなくていいんだ」


 ・な、なんたる外道(ドン引き)

 ・教育とかいって誤魔化しているけど、ただの洗脳では

 ・↑失礼だね、純粋なテイマーだよ


「ご覧の通り、このチャンネルは、魔族を使魔ファミリアにしていくことで成り上がっていくものだ」

「素敵ですね、ご主人様」

「素敵だろう?」


 配信教師という立場に就いたときから、このスキルは封印していた。あまりにも強力であるし、使い方次第で破滅まっしぐらという危険性を秘めているから。

 かつて使魔ファミリアとしていたものたちは、探索者引退の際にすべて手放した。階層のボスと呼ばれるクラスのものも多く取り揃えていた。もはや過去の栄光でしかない。


 再出発の一体目が、この色魔サキュバスということになる。


 これから使魔ファミリアとして使役するときに、個体の属性で呼ぶのもはばかられる。いまの状態は、人間を「人間」と呼んでいるようなもの。


「君、名前は?」

「私は色魔サキュバス、一介の魔族に過ぎません。名前など、恐れ多いものです」

「では、僕が名前を与える」

「な……なんと! ありがたいお言葉です」


 彼女の名前をどうしようか。発想を得るためにも、改めて姿を上から眺めていく。


 特徴的な角、紫がかった髪。両肩から生えている翼。全体的に紫で整っている。黒い尻尾がチラッと顔を覗かせている。興奮した子犬よろしく、ブンブン揺れている。


「――バイオレット」

「なんて素晴らしい名前! 私にぴったりではありませんか!」


 ・全身紫、だからバイオレットか

 ・安直すぎて草

 ・ある意味わかりやすくていいね!


 コメントにあるように、捻りのない名前であるかもしれない。が、脳内にポンと浮かび上がったのがこのアイデア。下手に考えてわかりにくい名前になるよりいい。


「視聴者のみんなとして、思うところはあるだろうけど。僕も彼女も名前を気に入っている。これでいいじゃないのかな」


 ・話をざっくりまとめるな

 ・こちらに投げるのかよ


「虚空に向かってひとり言。ダンジョン配信ですか。最近の流行りのようですね」

「サキュバ……バイオレットも知っているのか」

「私たちの知能を甘く見ないでください。観察していれば、嫌でもわかりますから。最初にいいますが、私たちの様子を見られても、特に気にしませんよ」


 ダンジョン配信というスタイルを受け入れてもらえて安心だ。性格の面倒なモンスターに当たってしまうと、撮影NGを出される場合がある。


 実際、かつて使魔ファミリアの中に、撮影NGの奴がいた。強いのに姿を現さないので、本当にピンチのときにしか出せないという縛りがあった。結局使ったのは、最初で最後の一回だけだった。


「理解が早くて助かるよ」

「だって私、色魔サキュバスですから」

「頼り甲斐がありそうでなによりだよ。これから使魔ファミリアとして、僕の右手になってもらうよ」


 ・右手……? 妙だな

 ・おっと


「右手? ご主人様へのを提供する立場、という意味ですか」

「んっん……右腕のいい間違えだ、バイオレット。僕は魔族相手だからといって不適切な発言が許されると思わない!」


 ・いい間違えかよ! ふざけんな

 ・配信主の頭ピンク一色では?


「ひどいいわれようだな、コメント欄。ミスった僕がいけないのだけれど」


 バイレオレットが画面の一部を占めているということもあり、同接は先ほどから伸び続けている。


 彼女の魔族的特性上、期待している内容はいわずもがな。言葉のひとつひとつを意味深に捉えられてもおかしくなかったというわけだ。


「仕切り直して、だ。これからバイオレットには、使魔ファミリアとしての活躍してもらうつもりだ。幻覚能力ということで間違いないか?」

「ええ。使魔ファミリアになったことで、能力の下方修正は覚悟してもらう必要がありますが」

「バイオレットは強い。すこしの弱体化くらい、今後の力量でどうとでもなる」

「さすがですね」


 かくして、色魔サキュバス・バイオレットが使魔ファミリアとなった。これで、戦闘の幅も広がることだろう。

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