第9話 凶犬の亡霊

「こうしてバイオレットが仲間になったわけだが……いったん戻ってほしい」

「なぜです? せっかくご主人様のしもべになれたばかりだというのに」

「探索を続ける。新たな仲間を増やすって寸法さ」


 ・ボーナスタイム終了か

 ・バ、バイオレットが

 ・待て、まだ見足りていない


「つらいですが、受け入れます。お呼びがあれば、いつでも現れますので」

「助かるよ。しばらく待っていてくれ」


 手を挙げると、そちらの方にすっと吸い込まれていく。バイオレットはあとかともなく消え去った。


 ・吸い込んだ?

 ・アイテムボックスかよ

 ・敵キャラに見えてきた


「別にあいつが消えたわけじゃないし、いまもここにいる」


 とん、と胸の辺りを触ってみせる。


(ご主人様、懐かしい寝床に戻ってきた気がします)


 使魔ファミリアとなったものたちは、僕の体に押し込むことができる。テレパシーのようなもので会話ができる、優れものだ。


 現在いまのバイオレットには、使魔ファミリアとしてのあり方が刻み込まれている。そのために、なんの説明がなくとも、テレパシーという離れ技を自然とやってのけているのだ。


「次に倒すのは、亡霊の予定だ。それなりに犠牲者も出ているという、奴だよ」


 ・こいつ、正気かよ

 ・亡霊はやめとけって


 亡霊。


 ダンジョンには死がありふれている。モンスターは死ねば灰になるが、人間はそういかない。死してなお、怨念を発し続け、空間に残り続ける。


 こいつとモンスターとが結びつき合うとどうにもできない。


 モンスター特有の獰猛さと、人間の狡猾さとのいいところを取っている。ここだけ聞けばバイオレットに似ているが、亡霊は別だ。触れることができない、という一点においては、すくなくとも。


 凶犬ヴォルフ――それが、このダンジョンで悪名高い亡霊の名前だ。


 その姿については、さまざまな俗説が上がっている。


 数々のダンジョン配信者が「凶犬ヴォルフ討伐」と銘打って配信をしていた。


 そもそも姿を視認するのが難しいというのがあって、俺がバイオレットの幻想世界内で戦っていたような絵面になっていたと思う。


 多くの探索者がヴォルフの毒牙にかかってしまったことから、悪名はより広まっていった。


 何度か倒されてはいるものの、完全には滅んでいないらしい。だからこそ「凶犬ヴォルフ」という名前が残り続けている。


「……凶犬ヴォルフだよ」


 ・え……

 ・タヒぬぞまじ

 ・【悲報】配信主、命知らずの頭パッパラパー


 反応は予想通りだった。ただの探索者が挑めば命の保証はない。


 この渡恭二は、どうか。

 可能性は充分にあると思っている。【教育】は実体のないものにも有効だ。弱い亡霊であれば、何度も使魔ファミリアとしたことがある。


 むずかしいのは、亡霊の核を突くことだ。ただのモンスターのように、体の一部分にあるとは限らない。


 モンスターそのものの内部ではなく、ダンジョンの中に隠れている。大々的に置かれている岩とかがそうだ。


 素早いスピードで動き回るヴォルフに注意しながら、核を探さねばならない。多くの探索者がやられているのはこの点にある。


 本来であれば、チームで動くべき相手だ。ソロの探索者には天敵といっていい。


 俺はひとりではない。なにせ、バイオレットがついている。かつて放した魔族たちの思いも、心の中にある。


 そして、いずれ凶犬ヴォルフさえも、手中に収めるのだ。


「対策は練っている。きょうは犬を倒し次第配信終了かと! 時間も時間、疲れてもきたわけだし」


 ・雑魚敵みたいにいうなよ

 ・自信たっぷりなのが逆に不安

 ・油断とか甘く見る発言は当然フラグなんだよなぁ


(ご主人様、どうもみくびられていますね)


 ……わかるか?


使魔ファミリアとなった瞬間から、凄みを感じました。秘めている実力がありありと伝わってきたのです)


 使魔ファミリアとは、感覚や思考の一部を共有する。していない部分も、心と心で通じ合うこともある。


 ……バイオレット、褒め言葉はよしてくれよ。自信は正直ないし、半々くらいだな、っていうのが実感だよ


(謙遜はやめてください。渡様には自覚がないのかもしれませんが、【教育】の力は別格です。使うまでの戦闘センスも上々ですし)


 ……ありがとう。しかし、これでもまだまださ。


 配信学校の同期、鬼塚。


 ダンジョン探索者業界における鬼才。圧倒的存在感。探索者のトップを眼中に収めている、日本の宝。


 奴に比べれば、俺は塵芥にも及ばない。高みを目指せなければいけない。


 であれば、フィフティ・フィフティが予想される勝負くらい、挑まなければダメだ。


 経験値は、強大な敵とぶつかったときに得られる。強ければ強いほどいい。


「ヴォルフの住処は、ここからもうすこし下の階層だったかな? 夜も近いし、活発に動いてくれているといいけれど」


 ふたたび移動タイム。


 現れる雑魚敵は、バイオレットの能力で混乱させる。視界を歪ませ、攻撃が飛びにくいようにさせる。雑魚除けにはちょうどいい。


 バイオレットの戦いで勘が冴えてきたこともあり、移動ペースは早かった。


「――ここか」


 ついたのは、開けている空間だった。


 真ん中に小さな岩がちょこんと置いてある。


 しんと静まり返っていて、一見すると安全そうな場所とさえ思える。


 漂う殺気、染みついた血と獣の匂いが、異様さを物語っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る