第6話 色魔の攻略法

 俺の意識は飛んでいる。側から見れば、ただ倒れ、殺されるのを待つだけの姿に見えるだろう。


 迂闊だった。色魔サキュバスが危険なことくらい、前々からわかっていたじゃないか。自分の知的好奇心と内なる欲求に従った結果、こうなるとは……。


 策中にはまってしまったのは仕方あるまい。問題は、相手の油断に乗じて、こちらの勝利を持っていけるかどうかにある。


 腰の方に手をやる。


 頼みの綱は、この指示棒だ。俺の魔力を流し込み、現れた色魔サキュバスにぶちこむという寸法だ。


 果たして、のこのこと現れてくれるだろうか。自分の有利な状況を崩すことがあろうか。


 色魔サキュバスが現れるのは間違いないのだ。たとえ夢の世界に囚われていたとしても、奴が実際に生気を吸いにきたタイミングは、奴とて接近するしかない。


 始めに標的を夢の園へと誘う。身動きが取れなくなっているタイミングで、標的の命を削っていく。なんの対策も取れないとわかっていながら。


 標的からあふれるのは、決してプラスの意味の興奮ではない。死にゆく自分を傍観することしかできない状況に対する、焦燥感から生まれる興奮である。


 興奮は、色魔サキュバスにとって格好の餌だ。酷いことをするじゃないか、というのは人間側からの視点であって、彼ら・彼女らにとっては生存戦略にすぎない。


「かかってこい。もはや倒しにくることはないだろう。大したことのない敵だと思っているかもしれない。そんな思い込みは、打ち破られることだろう」


 ・サキュバスキタァ

 ・面白い男、ってあんたのことかよ

 ・死ぬなよ

 ・でも、死なせるところが一番色っぽいんだよなぁ


 コメント機能だけには感謝したいものだ。幻想の世界でも、現実の状況を的確に伝えてくれるのだ。むろん、電波にまで色魔サキュバスは干渉できまいという安易な期待でしかないが。


色魔サキュバスよ。個人的には君の姿は実に美しく、このままであってほしいと願う。しかし! 俺はこれでも一介の配信教師だった過去がある!」


 虚空に話しかけている。その向こうにいる敵にだけ伝わりさえすればいい。最後の足掻きと思われているだろうがかまわない。これは決して、渡恭平の最期ではないのだから。


「精神干渉能力。見事なものだ。ただ、完璧とは限らないのがこの能力なんだ。なんだか知っているか?」


 ・サキュバス、なに止まっているんだ?

 ・テレパシーで会話でもしているのか


「……解答なしとは寂しいもんだ。教え甲斐がないじゃあないか」


 やれやれ、と肩をすくめる。我ながら演技じみている。


「正解は、だ。これは俺の弱点開示でもある。精神干渉系の弱点は同じタイプの能力者なのだよ」


 精神干渉をされている、と自覚。そして、心を強く持つ。自分は死なない、軽く折れるタマではないと。


 色魔サキュバスは、己の内部に幻想世界を作り出す。魂や精神は世界に引っ張られる。そのままの姿のまま、迷い込む。


 ここで俺の覚悟が上回れば、幻想世界から解放され、元の世界に戻れる。かつて教えたことを思い出した。腐っても俺は、元配信教師なのである。


「さて、壊すか」


 目の前に広がるのは、ダンジョンの光景とほとんど変わらない。精密だ。ゆえにもろい。衝撃を受ければ壊れることもある。たやすいとまではいかないが。


 腰元の指示棒を抜く。スナップを効かせて展開。手元で素振りをしてみると、空気の弾力が違った。


「幻想世界、いまはそれが敵」


 魔力を流し込む。幻想世界を構成している魔力を吸い込むことで、脆くなる。そこを叩く。


 剣で薙ぎ払うように、力強く指示棒を振るう。両手で握り、強弱のバランスを取りながら。


 闇雲に振り回すだけではない。世界が、どれも均一に創られているわけではない。色魔サキュバスは決して弱くないが、完璧な世界を作れるほどのぶっ壊れ性能ではないのだ。


 ・顔を歪めたサキュバス……唆るねぇ

 ・配信主、結構奮闘している、のか?

 ・迫真の戦闘だとしても、まったく様子伝わってこないのがなぁ


 さぞかし配信画面はもの寂しいことになっているだろう。早々に復帰し、現実世界のバトルに持ち込みたい。


 何度も世界の膜に触れるたび、弱いポイントはおおよそ把握できた。わかってしまえば簡単なもの。ピンポイントで叩くだけだ。


 広範囲の攻撃を目的とした薙ぎから、一点集中の突きへのシフト。フェンシングよろしく、先端に魔力を密集させる。


 世界にヒビが入っていくのを直感的に理解した。


 いける。俺は、色魔サキュバスという一種の魔人を踏み越えることができる。


 ちらつく、かつて挑んだ魔人たちの面影。振り払って、攻撃を続ける。


 ピキ、ピキと音がするたび、視界が明滅していく。幻想世界にある体が消えていく感覚を、確かに覚えていた。


 一箇所の亀裂が、数箇所に、全体へと波及していくのには、そう時間を要さなかった。


 視界がブウンと揺れると、暗転。


 重い瞼を上げる。


「どうも、お待たせしたみたいで」


 ゆっくり起き上がる。口角が自然に上がっていた。にやつきではない。勝負をしていることに対する興奮だ。


 目の前にいるのは、正真正銘色魔サキュバスだった。


 二本の角、人ならざらぬ宝石のような目、両肩に生えた翼。


 倒すべき敵、魔人ではあるが、やはり見目麗しい。


「なかなか楽しませてくれそうね。人間」

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