第5話 色魔の尻を追いかける

 この中級ダンジョンに現れる魔人がなんなのか、よくわかっていない。魔人である以上、強いのは確かなのだけれど。


 下準備がなっていない。なんとも行き当たりばったりな配信だ。


「ここの近くにいる魔人は」


 調べる。スマホの電波はダンジョン内でも通じる。構造の特殊さゆえである。


「おっと、なるほどなるほど……」


 ――色魔サキュバス


 配信をしていくうえで、プラットフォームのガイドラインに則る必要があるのは周知の事実。


 ダンジョン配信が広まるにつれ、センシティブのラインが緩くなった節はある。人が死のうが臓物を撒き散らそうが知ったことではない。


 剥き出しの生々しさが人間の本能を刺激し、流行ったのだ。


 とはいえ、なぜか性的コンテンツに対しての締め付けは、グロよりも強い。


 変に色魔サキュバスの姿を見せてチャンネルに悪影響を及ぼしたくはない。始めたばかりでアカウント削除に追い込まれたくなどない。


「あんまり色魔サキュバスのところに突っ込む配信者いないですよね」


 ・人気ではあるけどあえて突っ込むのは短命まっしぐら

 ・へぇ、そういうのが好きなんですね


 人気は確かにある。期待している視聴者もいるだろう。


 ……落ち着け。


 俺は元々教師だったのだ。ダンジョン配信学校という特殊な形態であったけれど、そこに変わりはない。


 元とはいえ、そんな立場だった人間が、色魔サキュバスを配信のネタにしていい野田おるか。良心が訴えかけてくる。引き返すならいましかないと。


 だが。


「別に俺がいきたいってわけではないですし、むしろやめておくのが最善とさえいえます。ですけど、人生は一度きり、経験を積むのは重要です」


 ・ツンデレだなぁ

 ・別に私たちも期待しているとかじゃないんだからね

 折れてしまった。悪魔の囁きに応えてしまった。ひとりの男として、色魔サキュバスの姿を拝んみたい持ちを捨てきれなかった。


 簡単に倒せる敵ではない。体力・耐久力ともに並のモンスターとは大差ない。


 問題なのは、精神に干渉する能力だ。甘い夢を見させることで油断を生じさせ、いともたやすく餌食となる。


 一度のダメージが小さかったとしても、足止めを食らい、呆然とした敵をタコ殴りにするとなれば訳が違う。


 対色魔サキュバスの方針は、俺も教えていたのでよくわかっている。


 ひとつ、出会っても近づかないこと。


 ひとつ、近づいてしまっても、なるはやで容赦なく殺すこと。


 ひとつ、心を強く持つこと。


 俺の【教育】がモンスターにとって強力なように、色魔サキュバスの力は探索者、特に男性にとっては厄介な敵となる。


 それでも。


 夢を追い求める気持ちが、万難を排しても近づきたいという思いを生み出していた。


 生徒たちよ、こんな大人になってはいけない。反面教師として、同じ轍を踏むんじゃないぞ。


色魔サキュバスの位置は……ここから二階層ほど奥になる、と。ちょっと時間がかかるかな」


 階層ふたつとなると、ある程度はかかる。いまや無職フリー。時間だけは潤沢にある。


「サキュバス目掛けて、いきますか」



 そこから、雑魚モンスターを討伐していくだけの時間だった。


 戦闘センスが研ぎ澄まされていき、現役時代の水準まで、徐々に戻りつつあった。体の裁き方、魔力の出力調整などが、チューニングされていく。


 ときおり休むこともあった。魔石を回復アイテムと交換。


 空間を自由に操るアイテム・ボックスの応用で、ある程度のものはノータイムでここダンジョンに届く。文明の利器というやつだ。


「増えてきたかな」


 つぶやいた。数時間の配信を続けるうちに、視聴者はいよいよ四、五十人ほどまで膨れ上がっていった。


 色魔サキュバスを取り扱っているというだけあって、そういうのに釣られた人がちらほらいた。狙い通りだ。配信のタイトルをいじって、サキュバスがメインだよ、としておいた。


 自分の実力ではないのがいささか癪だけれど、見てもらえる人がいるだけありがたい。


「ついに色魔が湧くというエリアにきたわけですが……」


 ・全裸待機

 ・引っ張りすぎ! 早く見せて! 


 待ちきれないという視聴者も多い。俺もそうだ。焦らしに焦らされている。


 奴らは特定のエリアで現れる。しかし、該当エリアは広い。そして、湧く数はすくない。会えるかどうかも怪しい。レアなものなのだ。


色魔サキュバスさん、姿を見せてくださいなって感じですよね」


 いっても、応えてくれる声はない。無音。流れるコメントだけが騒がしい。


 ――きたきたっ。


 甘い声が、脳に直接響いた。予想していなかった。モンスターは直接姿を現すのがふつう。どこに隠れている?


 ――頑張ってね、お兄さん。私の世界に、負けちゃわないようにね。


「誰だ、どこにいる?」


 コメントが目に入る。


 ・大丈夫か!?

 ・突然倒れてるんだけど


 どういうことだ。


 俺の意識は、いたって正常だ。はっきりとしている。脳に直接流れる異様な声もわかっている。


 コメントの方がおかしくなってしまったのか?


 いいや、可能性は低い。コメントをしばらく追っても、俺が倒れてまずいという情報にいきつく。

 整理してみて、えた仮説がこうだ。


 俺はいま、色魔サキュバスに夢を見せられている。


 奴の特殊攻撃は、すでに始まっていたのだ。

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