第3話 中級者ダンジョンに潜って

「じゃあ、さっそく教育していこうかな」


 中級者向けダンジョンの浅い層へと潜った。


 探索も配信も、さほど手間取らなかった。配信学校で教えていたことだ。いまさら悩まない。


 残念ながら、視聴者が数人しか集まらないという現実が立ちはだかっていた。


 初回配信で視聴者がすくないなど、当然のことだ。雨後の筍よろしく、日々新人が湧いている業界。パイは狭い。ぽっと出の一般人が注目を集めるなど修羅の道だ。


「ただのソロ探索と変わりない……」


いいとしよう。千里の道も一歩から。肩慣らしが先決だ。登録者の伸びは、実力次第で後からついてくる。圧倒的な実力という条件はあるが。


 現在いる層は、緑にあふれ、自然豊かである。木々に覆われていて、比較的涼しい。ダンジョンにしか植生しない、禍々しい花がちらほら見受けられる。


 当然、現れるモンスターも植物に関するものになる。何体か倒してきたが、さしたる相手でもなかった。軽く指示棒を振るうだけで、ゴブリンのごとくたやすく葬れた。


 退屈しつつの探索に、ようやく面白くなりそうな予感が。


「……来たか」


 モンスターの気配。ある程度の実力を得ると身に付く第六感。微弱だが、背後に感じた。


 取り出すのは、腰元にさしておいた指示棒。新品だ。使い慣れている既製品であるから、魔力を込める要領はこれまでと変わらない。


 体内にある魔力炉を意識する。ダンジョンを満たす魔力を取り込み、自らの力とする。


 探索者の実力というのは、取り込める魔力の量と質の掛け算によって決まる。これが基本のキであり、実際は他のテクニックにも左右される。


「さて、一時間目の授業を始めようか――」


 剣についた血を振り払うように、指示棒を展開する。しゅん、という軽快な音。


 握っている手から、魔力を直接指示棒に流し込み、まとわせる。簡単に伸縮する棒を、自由自在に固定するのだ。


 振り返る。食虫植物型のモンスター。人間の身長の数倍はある。向日葵型であり、花から獰猛な目つきが伺える。茎や葉が、胴体や手足のようになっている。


「シャアアアア!!」


 猫のような威嚇を見せつつ、近づいてくる。


 顔の周囲に埋まっている種子が光った。一粒一粒が薄い魔力の膜に覆われている。


「種子が飛んでくるか、いいだろう」


 切り返して、向日葵型モンスターと対峙する。踏み出すと、容赦ない種子マシンガンが発射された。


 握っている武器を、指揮棒のように華麗に運んでいく。魔力同士のぶつかり合いは、こちらが優勢だった。


 指示棒と種子が正面衝突することはない。衝突する前に、こちらの魔力で押しのけ、膜を通して丁寧に種子を破壊する。


 破裂する種子を避けながら、奴に近づいていく。


 狙いはひとつ。この指示棒で突くことだ。


「シィイイイイ!」

「鳴き方はひとつじゃないか。さぁ、もっと鳴いてくといい」


 距離を詰める。種子マシンガンの勢いが衰えたのを見て、踏み込む。


 飛び上がる。足の下に魔力の泡を作り出し、踏み台としたのだ。


 逆手に握り直した指示棒を奴の顔面に目掛けて振り下ろす。突き刺すことは、いまのところ目的ではない。


 向日葵型モンスターは呆気に取られていた。自らが狩られるだけの立場であると理解していた。


 指示棒が顔面に接触した瞬間、俺は体を引き返し、地面に着地した。


 うめき声は上がらない。動きもしない。相変わらず呆然としている。


「シ……シ……」


 いま、奴の体の中には俺の魔力が流れてるはずだ。


 スキル【教育】を持つこの体を通して伝えられた魔力は、ただのものではない。


 モンスターが持っている敵意を、。本能に抗う感情を引き立てるという、無茶苦茶な技だ。


 成功のためには、まず怒りを掻き立てること。そして、一点集中で強力なものを流し込むこと。


 うまくいけば、こちらの使魔ファミリアにできる。だが、すべてのモンスターに通用するわけではない。


 敵が強すぎても弱すぎてもダメなのだ。


「ウッ、シアアァァ……」


 苦しんだのち、奴の体は倒れた。残念ながら、そのまま灰となって消えてしまった。


「ドロップアイテム、それほどでもない魔石。あっさり終わってしまった」


 久々に中級者向けのダンジョンに潜ったわけだ。ずっと初心者向けで、実力の一部しか出さない生活をしてきたのだ。


 その点、今回の戦闘は爽快だった。


 強さが滅茶苦茶、というわけではないものの、探索者としての矜持が刺激された。


「……と、おっといけない。見てましたか、視聴者のみなさん!」


 戦闘に集中していたせいで、配信のことが頭の片隅に追いやられていた。なにをやってるんだか。


 上を見れば、静かに稼働音を鳴らす配信用カメラがあった。お仕事お疲れ様です。


 配信の途中経過。なんと、視聴者が五人ほどに増えていた。ちょっと前の倍。四捨五入すれば二桁に乗る。


 さて、コメントは。


 ・なんだよ、突くだけなんて舐めプじゃん

 ・中級でイキってて笑う

 ・授業とか教師じゃあるまいし


「辛辣! あと私、教師じゃありませんからねっ! スキルと合わせた決め台詞ですよ」


 ・ダサい


 すくないコメント、故にちょっとした辛辣さすら深く刺さる。人気配信者のコメント欄に比べて、ひとつのコメントの言葉の重みが違うのだ。


「まぁ、全然傷ついてませんからね。ここからが見どころですから」


 いってはいるが、撮れ高が今後あるのかどうか。自分の実力と相談しながら、先へ進むしかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る