第2話 退職


「え、渡くん辞めちゃうの!?」


 俺が退職する旨を伝えたとき、三橋みつはし双葉ふたばは大袈裟に反応した。





 * * *




 ダンジョン実習を終え、学校に戻った後。


 俺は後輩に声をかけた。三橋だ。


 小柄な身長とお団子ヘアーが特徴的なかわいい系。年に不相応だが、「女の子」という呼び方がよく似合う。愛想のいい奴だ。


 三橋もダンジョン配信学校出身である。年齢が三つ離れており、在学期間は被っていない。


「で、先輩なんです? 大事な話って! あたしと付き合ってください〜とかですか?」

「バカいうんじゃないよ」


 やれやれ、と頭を掻く。よくない癖だ。メガネともさっとした頭とが相まって、自分でもどこか冴えない感じがしていると思う。


「じゃあなんですか? 私を呼び出すなんて」

「単刀直入にいこう。この仕事、辞めようと思ってる」


 そういうわけで、三橋の大袈裟な驚きの声が学校中に響き渡ったわけだ。


「静かに頼むよ、せっかくコソコソ話してるのに、無駄になる」

「ごめんね、渡先輩。でも驚きますよ、いきなり辞めるなんていわれちゃ。前兆なんてなかったのに」


 前兆を出さなかっただけだ。心の中では燻っていたのだ。いつか辞めるのだという思いが。


「突然だと思うかもな。だから、前もって三橋にはいっておこうとな」

「どうして私を?」

「いわせないでくれよ。入ったばっかの頃、よく面倒を見ていたし、いまは世話になってすらいるじゃないか」

「気を回せる余裕があるなら、辞めないでくださいよ。渡さんがいなくなったら、寂しいじゃないですか……」


 落ち込む三橋を見て、心が痛まないではなかった。わかっていた、こうなることは。しかし、いわないとすまなかった。


「……辞めてどうする、なんて聞きません。変ないいかたですけど、先輩の目は、明後日の方をしっかりとらえてます。次のステージで、頑張ってくださいね、先輩」

「応援してくれるんだな」

「もちろんですよ。どんな形であれ、先輩は活躍できると信じてます!」


 常に快活な三橋。きょうはふだん以上だ。本心を覆い隠すベールのように感じたのは、自惚れだろうか。


「なにか困ったことがあれば、いつでも相談してぷらまいくださいね」


 トン、と背中を押された。軽くよろける形となったのを見て、三橋はふふふと笑みをこぼした。


 生意気なところもあるが、三橋は憎めないタイプだと思う。ここでお別れ、と思うと、一抹の寂しさが込み上げてきた。



 退職の願い出は受け入れられた。人手不足が常のダンジョン配信学校だが、たまたま新人が入る予定があるらしい。代わりがいて助かった。


 意外とすんなり辞められてしまったのには、物足りなさを感じなくもない。面倒臭い感情だ。


 三橋が気をかけてくれただけありがたいと思うことにしよう。



 さて、配信を始める準備をしていこう。


 正式に退職となるのは一週間後。そりゃそうだ。生徒たちのこともある。あしたからお役御免というわけにもいかない。


 猶予期間を生かさないわけにはいかない。配信に必要な機材を集めていく。


 まずは配信用のカメラ。


 ドローン型で、使用者を自動で追尾してくれる。耐寒・耐熱ともに優れており、過酷な環境にも適応できる。


 お値段は、月の給料をゆうに超える。ここが、ダンジョン配信を始める際の第一関門といってもいい。


 次に装備。


 そもそも、俺のスキルは【教育】である。モンスターを従わせ、弱体化させる。テイマーとでもいおうか。モンスターを仲間にすることもある。混乱したところを利用して倒すこともある。


 強力な能力であることに違いはないが、俺は突き詰め損ねたし、一度大きな失敗をしている。今度こそは、成功ルートを辿りたいものだ。


 使用するのは魔法の杖。教師の使う、差し棒に似た形状がフィットする。プラス、服も必要だ。これは過去のものと、ダンジョン配信学校で使っていたものを流用すればいい。ありふれた既製品なのだから。


 と、こんな要領で必要なものを集めていった。


 途中で気づいたのが、身バレのリスクだ。


 仮にそこそこの視聴者を獲得したとしよう。顔出し配信であれば、ウチの生徒が配信を見てピンときてもおかしくない。そのときに、学校側からどう思われるか考えたくはない。


 かくして、仮面を特注した。顔をすっぽり覆い隠す、ヘルメット型の仮面。ボイス・チェンジャー機能も兼ね備えている一品だ。配信用のカメラまでとはいかないが、いいお値段だった。


 一週間かけて諸々集めた結果、貯金は吹っ飛んだ。後には引けない。バズらなければ貧乏生活まっしぐらだ。このくらいの覚悟がなければ、ダンジョン配信などというおかしな職業を目指さないというもの。


 退職までの一週間は、かくして過ぎ去った。生徒から惜しまれつつ去っていった。さらばダンジョン配信学校! 散々心の中で貶しまくって申し訳ありませんでしたっ!


 いざ始めようかダンジョン配信。


 正式に退職が決まった次の日、向かったのは中級者向けダンジョン。潜るのには慣れている。初心者向けに関しては、ダンジョン配信学校の生徒や教師がうじゃうじゃいる。選ぶはずがない。


 強い敵と当たるのは久々だ。初配信がてら、いっちょ実力試しとでもいきますか。

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