ヨーマ君が他の女と一緒なんて許せない 後編
「ここが第5階層……」
なんだかんだすっかりここまで来てしまった。
少し前に買った『ダンジョン用ステルス迷彩マント』のお陰でモンスター達には合わない。
本来、ダンジョン配信用カメラ付きドローンには配信者が自分の力量以上の階層に上がれない様にするストッパー機能が施されているんだけど、ちょっと前に闇サイトで買った『リミットブレイカー』のお陰でその機能もoffに出来たのも大きい。
「ちゃんと録画は出来てる」
『適性外の階層に行ってきます!!』ってタイトルなら炎上商法も相まってそこそこ同接が増えるかもしれない。
この階層から配信を始めたなら、どのタイミングで警察やほかダンジョン配信者が私を抑えに来ても撮れ高のあるシーンを映せるはずだ。
そうすれば、ヨーマ君も私を見てくれるかもしれない。
他の女とのコラボなんかほったらかしにして、私を助けに来てくれるかもしれない。
そう思って、配信開始のボタンを押そうとしたその時だった。
「ブモォーー!!!」
「きゃっ」
けたたましいモンスターの声が響く。
それと同時に私の体ははるか遠くに吹き飛ばされてしまった。
「なんで。マントで姿は隠してたはずなのに」
震える手で剣を構え、目の前のモンスターを見る。
一言で言ってしまえば、それは青いイノシシだった。
鼻をひくひくとさせて私に狙いを付けている。
さっきの喰らった突進のダメージが思ったより大きいみたいで、体が全然言うことを聞いてくれない。
避けるのは多分無理。
今の私に出来る事はせいぜい突進してきたイノシシに対してこの剣でカウンターを入れる事ぐらい。
でも私にそんなことが出来るの?
第三階層のモンスターですらギリギリで倒せるレベルなのに、
「ブモォーー!!!」
イノシシが突進を開始する。
あぁ……駄目だ。
モンスターの動きに全然目が追いつかない。
私、ここで死ぬんだ。
ヨーマ君の全く知らない所で、こんな残念な最後で。
「はい、一旦ストップ」
瞬間、知らない女の子の声が聞えた。
それに加えてジャラジャラと鎖が擦れる様な音が聞こえる。
「私、ちょっとこの子と話したいんだ。だから抑えてね」
イノシシのモンスターは銀色の鎖に縛られていた。
その鎖は床や天井や壁など、ダンジョンのあらゆる所から植物の様に生えている。
「え……何これ」
「やぁ、初めまして。危ない所だったね」
後から声が聞える。
さっきまで誰も居なかったはずなのに。
「誰?」
私は恐る恐る後ろを振り返った。
そこに居たのはどのメディアでも見たことのないモンスターだった。
見た目はほぼ人間の女の子。
髪型はあせた灰色で縦ロール状のサイドテールなんて現実では中々見れない特徴的なものだった。
でも、それ以上に私の目を引いたのは彼女の背中に生えている羽。
それは、落ち葉を4枚拾って作ったと言われても違和感を感じない哀愁の漂う羽だった。
右手の平の上に青い煙を吐くドクロを乗せている彼女は、その煙を吸い込みながら私に声をかけた。
「ちゃんと日本語で話せてるかな?この世界は言語が多くて大変でさぁ」
「あなた……一体何なの?」
「それは種族の話?名前の話?立場の話?」
彼女は首をかしげて問いかける。
その瞳は薄暗く、見ているだけで飲み込まれそうなものだった。
「あなたはこのダンジョンに住むモンスターなの?」
「ダンジョン……ダンジョン?ああ!!ダンジョンね。君達は私の塔をダンジョンって呼ぶんだったっけ?忘れてたよ~自分の記憶力の無さに絶望しそ~」
「私の?」
「そうだね。君達に分かりやすく言うと」
彼女はニヤリと口角を上げて口を開く。
まるでこの瞬間を待ってましたと言わんばかりに。
「私は君達の世界にダンジョンを作りだした張本人って所かな」
私はしばらく動くことが出来なかった。
世界を滅茶苦茶にした元凶が目の前に立っている、そんな情報をどうやったら即座に飲み込めるというのだろうか?
そんな方法があるのなら今すぐ教えて欲しい。
「どうしてダンジョンなんて物を作ったの?」
やっとの事で出た言葉はそんなつまらない物だった。
「君達を救いたいんだよ。『希望』『前進』『勝利』なんかを是とする下らない世界の掟からさ」
「救う?」
「ダンジョンなんて物騒な名前を付けられてるけどさ、本来この塔は楽園のつもりで作ったんだよ」
彼女はヌルっと近づき、ゆっくりと私の体を抱きしめた。
不思議な事に恐怖はしなかった。
「君、ずっと辛そうな表情してたよ」
「あなたには関係ない」
「どうかなぁ?せかっくだから君が何で辛いのか教えてあげるよ」
彼女は私の頭を優しく撫でながら、耳元で小さく囁く。
「誰かに期待してるからだよ。自分とか、家族とか、優秀な他人とか……好きな人とかにさ」
彼女のその言葉を聞いて心がキュッとした。
ずっと思ってたんだ。
私がもっと優秀ならヨーマ君は振り向いてくれたかもしれないって。
家族が私を理解してくれたらもうちょっと生きやすかったって。
周りの人間達が私と同じ位腐ってくれてたら、堂々と時代のせいに出来たのにって。
「ヨーマ君が他の女と関らなければ、こんなに心が苦しくなる事無かったよ」
心の中で留めておこうとしていた言葉が漏れてしまった。
「だったらしばらく私と一緒に居ない?」
「……なんであなたなんかと」
「私なら君を苦しみから解放出来るからだよ。もしかしたら、ヨーマ君って人が他の女と関らない様にする方法も見つかられるかもしれないよ」
彼女の言葉は両親の言葉とは違う。
支離滅裂でおかしな理論をまくしたてているのに、そこから抜け出すのが億劫になる生暖かさで私の心を包んでくる。
どうせ、家に帰っても居場所はない。
荒らしbot行為がばれた以上きっとネットにも居場所はない。
だったらいっそ、このまま彼女と一緒に居た方が安心出来る様な気がする。
「この後私を殺したりしないよね」
「もちろん。この世界に来て初めてのお客様だもん、ちゃんともてなすよ」
彼女は私から少し離れ、左手の指をパチンと鳴らした。
ダンジョンの壁が奇妙な音を上げ、扉に変形する。
その扉をゆっくりと開けながら、彼女は私に手を伸ばすのだった。
「ようこそ、絶望溢れる私の楽園へ」
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