間章1 厄介ファンチと元凶

ヨーマ君が他の女と一緒なんて許せない 前編

 「先日、警察の方から話があった」

 「お母さん、愛奈あいながあんな事するなんて思いもしなかった」


 ほんっと最悪。

 普段も食事の時は空気が重いけど、今日は各段に嫌な空気だった。


 色んな女性配信者に『ヨーマは雑魚』とコメントを残していたのが私だってバレた。

 貯めていた貯金は全部罰金として警察に取られたし、両親からはいつも以上に責め立てられる。


 「話を聞いたときは恥ずかしさで頭が上がらなかったぞ。なんであんなみっともない事をしたんだ」

 「……それはー」

 「どうせ、自分がダンジョン配信?とかで上手く行ってないからむしゃくしゃしたとかだろう?」

 「違う!!!」


 思わずテーブルを叩いてしまう。

 痛いなぁ……ひりひりする。


 「私はただ、ヨーマ君が女の配信者とコラボするのが嫌だっただけなの」


 「は?」


 「最初はヨーマ君のコメント欄だけ荒らすつもりだったの。ほら、コメント欄の治安が悪い配信者とコラボしたがる奴はいないでしょ?常識的に考えたらそうだよね??だって自分も一緒に荒らされるかもって怖くなるよね???でも、ヨーマ君とコラボする女配信者は減らない。それどころかこの前は修羅とか言う野蛮な女とコラボしてた。だから、だからぁ!!」


 「愛奈あいな、本気でそんな事言ってるの?」


 ああ、またこの目だ。

 私を本気で見下してる目。


 次に言いそうな事も何となく分かる。


 「あなたもう30歳になるのよ。こんな幼稚な事してる場合じゃないの」

 「はぁ……まったくだから最近の奴は」

 「昔はあんなに成績もよくて真面目な子だったのに」

 「大体、会社を辞めてダンジョン配信者なんかになったのがダメだったんだ」


 もうやめて。

 そんな言葉、もう聞きたくない。


 「恵まれた二人に何が分かるの?」

 「なんだ、その顔は」

 「私にとってヨーマ君は唯一の心の支えなの!!分かる?!どこぞの知らない女と楽しそうにしてるヨーマ君を見るのがどれだけ苦しいか!!」


 行きたかった高校も、なりたかった職業も、私が中学校の時に全部壊された

 いきなり世界に姿を現したダンジョンが全部全部奪っていった。


 ろくに青春も送れなかった。

 恋愛なんか出来っこなかった。

 もう30にもなれば中学の頃の友達は全然会わない知人に成り下がってる。

 頭の固い大人が言うとおりに会社に就職したって苦しい事ばかりだった。

 もう社会のレールなんて物はロクに機能していないんだから。


 そんな暗い生活の中で、唯一希望だったのがヨーマ君の配信だった。


 危なっかしくて。

 いっつもリスナーの事ばかり考えて。

 こんな時代だって言うのにいつも明るく振舞って。


 私が『女性リスナーです』ってコメントした時、ヨーマ君が凄く喜んでたのをよく覚えてる。

 ヨーマ君のコメントを荒らしたとき、わざわざ他人を装った捨てアカを使ったのはこの思い出を汚したくなかったからだったっけ?


 ヨーマの視聴者層はほとんどが男性だったはずなのに、女性リスナーは私だけのはずだったのに……人気が出てからヨーマの事を何も知らない女どもがうじゃうじゃ湧いて、私にはそれが耐えられなかった。


 「……お前はまたそれか」

 「何よ?」

 「近所に住んでた近藤君、こんど結婚するみたいだな。それだけじゃない、夢だったケーキ屋を始めた人も居れば、休日に勉強会を開いている人達も居る」

 「だから何が言いたいのって聞いてるの!!」


 私が声を荒げると、お父さんは深いため息をついて私を見つめた。


 「自分の人生を時代のせいにするのは構わんがな、お前と同じ時代を生きたはずの人間はこうやって充実した日々を過ごしているぞ」

 

 なにそれ。

 今私が苦しんでるのは努力不足だって言いたい訳。

 

 いいじゃない、私は私の出来る範囲で努力してる。

 なんでこんな事言われなきゃいけないのよ。


 「うるさい……もう私に関らないで!!」

 「あ、ちょっと、おい」


 私は家のリビングから逃げ出した。

 ダンジョン配信用に買った撮影用ドローンや剣などもろもろの装備を持って。


 これからどうしよう。

 警察は荒らしbotの正体が私だって事、ヨーマ君に伝えたのかな?


 ヨーマ君に嫌われる事があったら、ヨーマ君が知らない女と結婚したなんて事があったら。

 私にもう生きる意味は無い。


 「どーせ死ぬなら、最後にヨーマ君に並ぶダンジョン配信者になって死にたいな」


 チャンネル登録者50人、配信最大同接2人の私がそんな大それた事出来るはずはないんだけど。

 だったらせめてヨーマの配信内容を真似してみよう。


 「私のレベルだと第3階層以上には登れないけど……4、5階層に上ってみましたみたいな」


 これでヨーマと同じ第10階層まで登れたら、ヨーマも私の事を認識してくれるかな?

 そんなあまりにも高望みすぎる願望を抱えて、私は近くにある埼玉ダンジョンへ向かった。

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