配信者達の日常
「はい、これで手術終わりだよ。次の配信からはモンスターの声を日本語翻訳した音声を乗せる事が出来るだろう」
「ありがとうございます佐藤さん」
ゆっくりとベッドから起き上がる。
ここは警視庁ダンジョン対策本部の一室だ。
「マジで俺の脳にマイクロチップが入ってんのか~。昔見た映画みたいだな」
「映画みたいって……ダンジョンが出来てから映画やアニメみたいな事ばっかりだっただろう」
そう言って、苦笑いをしながらコーヒーをすすっているのは佐藤さん。
警視庁ダンジョン対策本部の一番偉い人で、俺達ダンジョン配信者が結構お世話になってる。
ちょっと丸々とした体形も相まって皆のお父さん的な感じの人だ。
「とは言え、モンスターの言葉が君の配信に乗れば、ダンジョン対策本部の解析班も仕事がはかどるだろう。本当に君には助けられてばかりだ」
「むしろ感謝するのは俺の方だよ。今こうやって活動出来てるのは法整備とか色々やってくれた佐藤さんのお陰なんだから。俺一人じゃきっとこんな風にベノムの力を有効活用出来なかった」
ちょくちょくリスナーからツッコミが入るけど、時代が時代なら薬物中毒者だと思われてもおかしくないからなぁ俺。
ベノムの事やこのペンダントの事を信じてくれた佐藤さんには本当に頭が上がらない。
「毒の奇跡を持つ妖精だったか。君の証言的にベノムとやらは人間に友好的なモンスターだろうし、何処かで接触してみたいものだ」
「俺も、もう一回あってあの時のお礼を言いたいですよ」
あの時以来、ベノムの姿を見たことは無い。
それどころかベノムと同じ妖精を名乗るモンスターも、日本語をしゃべるモンスターも見ていない。
いつかダンジョンの解析が進んだらまた会えるかな?
そんなことを考えていると、部屋のドアがガラガラっと音を立てて開かれる。
「あ、ヨーマ」
そこに立っていたのは、身長180㎝ほどの重火器を担いだボブカットの女の子。
俺と同時期にダンジョン配信を始めた古参配信者の修羅がそこに立っていた。
ちなみに修羅ってのはあくまで配信者としての名前であって本名じゃない。
そして俺はアイツの本名を知らない。
「修羅じゃん。どうしてこんな所に」
「佐藤さんに用事。新しい武器用の重火器使用申請書、持ってきた」
「どれどれ、少し確認しよう」
佐藤さんが修羅から受け取った申請書に目を通す。
一つ一つの項目を口にしながら確認。
それが終わるといつもの様に笑顔を浮かべて修羅に声をかけていた。
「うん、安全基準は問題ない。いつまでも古い法律に縛られている上を何とかすれば明日までには配信で使える様になるだろう」
「本当?!」
「任せなさい。私は君達の様に戦うことも出来ないし、ダンジョンの解析分野もさっぱりだが、説得だけはちょっとだけ得意なんだ」
佐藤さん、それはアンタさすがに謙遜しすぎだよ。
頭の固い国の上層部を説得させてダンジョン対策本部を作った挙句、俺達皆の要請通せるのは控えめに言ってバケモンなのよ。
あんたが居ないと俺達ダンジョン配信者もダンジョン対策本部で頑張ってる職員も空中分解するぐらい大事なポジションに自分が居る事ちゃんと自覚して誇りに思って本当に。
ドアをゆっくり開けて部屋を出る佐藤さんの背中を眺めてそんな事を考えていた最中、修羅が「それにしても」と俺に話しかけてきた。
「昨日の配信は良かった」
「お、見てくれたんだ」
「当り前。モンスターが派手に倒れるからヨーマの配信は好き」
「いやいや、修羅の配信だって中々さ。お前がモンスターを打ち抜くたび、リスナー達が盛り上がってる」
「私もリスナーも気持ちは同じ。人類の英知でモンスターをぶち抜く瞬間、脳汁がドバドバする」
声は結構ホワホワしてるのに、言葉の所々が物騒だよなぁ。
まぁそれが癖になってる修羅のファンは多いらしい。
「さっきの新しい武器を使うための申請書だろ?なんの武器買ったんだ?」
「ロケットランチャー。それもダンジョンに適応させた改造品。もちろんモンスターもぶち抜ける」
「ロケランか~。いいね、ロマンあふれる爆破武器」
「そう言うヨーマこそ、例の毒薬は完成した?」
「ああ、これか?」
そう言って、ベルトから一本の改造注射器を取り出した。
注射器の中には昨日の配信で倒したザイクロの脳を使って作った『ダンジョンに住むモンスターの言葉を理解できる毒薬』が入っている。
「綺麗な色してる。これを使えばヨーマも脳汁ドバドバ?」
「う~ん。ちょい微妙な所なんだよな」
「そうなの?」
「実はこの毒薬、効果時間が短いんだよ」
何とその時間10分。
一つの階層を回るのに平気で1時間かかるダンジョンにおいてはとてもじゃないけど足りない時間だ。
ダンジョンに関する新発見が長年発見されてない状況をこの毒薬でひっくり返せば日本中に活気と希望をお届け出来ると考えていたもんだが、その計画を実行するにはタイミングを見極めて超効果的な場面でこの毒薬をキメないといけない。
「配信でこいつを使うなら出来るだけ高い階層……少なくとも7階層以上で使うのがベストだと読んでるんだがなぁ。さすがに一人で潜るのは無理じゃないけどちょっとしんどいし」
「それなら私と一緒に行く?」
「へ?」
「ヨーマはその毒薬を上手に決めて脳汁ドバドバ。私は高階層でロケランぶっぱなして脳汁ドバドバ。ダブルドバドバ作戦で行こう」
満面の笑みを浮かべて修羅はサムズアップ。
その顔と口に出してる言葉のギャップがえぐい事になってるが……まぁそれはそれとして、修羅は対モンスターに置いては俺にも引けを取らないレベルで強い。
広範囲攻撃と遠距離攻撃の手段を持っている修羅と一緒なら、高階層に行くまでの時間もかからない。
さてはコレかなり良い提案だな。
「よし、その作戦乗った!!」
「ヨーマならそう言うと思ってた」
この後修羅とコラボ配信についての会議が開始。
俺達の意見が纏まってスケジュールを作成した頃にはとっくに夜中の3時を過ぎていた。
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