Sympathy for the devil.No, no. Queen.

 荒小路華連退社後暫く。俺は別に惚けたていた筈は無いが、らしくはなかったとは思う。


 そして夏の異動で、恵比寿支店業務課より、上の階の事業本部販売推進課へと籍を移した。

 別に大ごとでは無い。恵比寿支店業務課には堅実な新人も入ったし盤石。俺の事業本部販売推進課としては、普段から人手不足となると招集されていたので、仕事内容に戸惑う事は無かった。


 ただ、その事業本部販売推進課の仕事内容もどうかとは思っている。パッケージソフトは売るものの、システムエンジニアを間に挟むと、開発保守でべらぼうな金額になるので、販売推進課の方でやたらテンプレートを作っている。

 勿論タダではなく、ほぼ人件費だけの開発費は請求しているようだ。


 そのイレギュラーな飛び込み作業のややの恐怖を、日々感じる販売推進課の筈だが、決まってコンビとなる与儀成美さんがいるから心強い。


 与儀成美は5年先輩の課長。会社の会合があると、その瞳の大きい美貌から司会役は勿論、渉外、庶務、総務、適度な開発迄こなす、畠山精密機器販売には欠かせない存在だ。


 もう1つの安心感は既婚者である事。伴侶はエリート外資系証券マンで、与儀さんが専業主婦でも、それを補って余りある収入があると。俺達とは雲泥の差どころでは無い。


 それでは何故働くか。


「人生を見極める為でしょう」


 聖人だ。志が高すぎるので、男とか女とか超えて、そりゃあ、付いていきますにもなる。

 ただ、勅使河原の情報によると別居中らしい。才媛だったらぶつかる時はあるだろう。


 そして、俺は度々面を食らう。

 与儀嬢は、容姿端麗にして、切れ味は抜群、粗忽さとは無縁、且つセクシャリティを感じさせない。そう、俺の女性関係を洗いざらいに吐かせる。


「まあ、普通の奥手男子よね。でもね、モテようとアップデートし尽くして、恋人不在。何それ」

「そこは、あれで。まあ付き合いの成り行きから、妙典共同寮の同期の田代駿太と、落ち合って食事すると、風俗をチョイチョイ」

「ピンサロ、ヘルス、イメクラ。何でソープ行かないの。ムラっと来ないの」

「そもそも給料がです。月一ピンサロ行ければ満足です」

「ふむふむ、ボックス席に座って、ピンサロ嬢を待つ。その特殊な性癖は許しがたいわね」

「ここ、意味分からないですよ。ソープは良くて、あとは邪道だなんて」

「ソープは自由恋愛の場を提供するところで、女性を深く知るところ。それが何か」


 条例上の建前を言うので、ここで押し黙る。

 大体、風俗に行けば行ったで、風俗体験報告義務を課せられるので、えっらい部署に押し出されたものだ。

 淵野辺業務本部部長は、こんななやりとりを見て、さも逞しいなの視線を送られる。

 そして直属の上司、豊永唯人事業部部長にどこでも良いから飛ばしてくれの視線を送ると、察して経済新聞で顔を隠す。絶対暇潰しに呼んだろう、俺を。



 △



 そして、あの反りの合わない勅使河原雅宣が大型受注を取ってくる。

 運も実力もあろうが、肝心の畠山精密機器販売には、全国の事業所にムラなくアフターフォロー出来る仕組みが無い。

 ここからが要の奮闘。豊永事業部部長は勿論、販売推進課全員で代理店提携契約で、日本中に散る。


 俺達のコンビは与儀成美課長と俺大鳳一樹係長補佐。昇格試験は面倒くさくて受けない筈だが、いつの間にか役職を押し付けられている。当然非公式だから役職手当はない。


 そのコンビで九州契約巡業に出る。女性の与儀さんは、言い負かせるランキングでは社内1位を揺るぎないから、俺は優男ぶって微笑むだけで良いらしい。

 事前の台本の俺の台詞は。


「こう見えて何でも出来ます」の一行。


 これを震えもせず貫き、九州12地域との代理店契約を結び、最後の沖縄県に飛ぶ。



 △



 その沖縄県は、与儀成美さんの出身地であり。ああ与儀さんと、かなり腰を折られ、真の名士らしい。

 故に代理店契約は10分で契約書にサインを貰った。今迄、拳に血が滲む辛酸とは何だったのだろう。


 その九州契約巡業の成果は、スケジュール予備日4日が沖縄観光に至る事になった。

 最初の日は、与儀邸で宴会漬けになった。

 与儀さんが、都度大鳳は腎臓療養中だからと、次々お酌をカットして非常に助かる。

 ただ与儀さんが、これでは俺が瀕死になると、残り3日は、沖縄北部にある与儀家のリゾートハウスへと移動した。



 △



 まあ別荘かと思ったが、使用人が4人もおり、平屋でも与儀さんの後に付いて行かないと何度も遭難した。

 何よりは、そのリゾートハウスにはビーチが付いていた。買い取る前は、リゾートホテルでその権利の流れらしい。


 いざ伸び伸びも。気軽にコンビニ迄は、蛇行した道を2時間の徒歩往復なので諦めた。

 まあ与儀さんと、衛星放送見ては、10月でもビーチで甲羅干しして、格別の食事に満足しながら、何だ、このご褒美はになる。


 そんな、逆に居心地の悪い緊張で眠れない夜に、俺の携帯に与儀さんのメールが届いた。


【ここ迄頑張ったら、好きだってと言ってくれても良くない】

【与儀さん、送り先間違えてますよ】

【このメールは、好きな大鳳一樹に送りました】


 まあ与儀さん、酒を無尽蔵に飲んでたし良いかで、ふて寝した。


 そして、廊下を滑るようような足音が近づいてくる。使用人さんの警備も大変か。

 ただ、俺の蚊帳の外には浴衣を着た与儀さんがいた。そして、ごく自然に潜る。

 俺は寝てる寝てないに関わらず、俺の背中に与儀さんが張り付く。


「好きって、言いなさい」

「はい、6割5分好きです」

「努力するわ」


 与儀さんは、俺の左手を握っては、3度ぴしゃりと優しく叩く。

 そして首筋に、それしかない唇の温度が伝導する。恐らく、8割になった。



 △



 その翌日の、二人しかいないビーチでの甲羅干しは、ぎこちないも、俺がどうしても切り出した。


「そのう、離婚するんですか」

「そもそも事実婚だから、私は与儀でしょう。それもね、同情されちゃうからアレなのだけど」

「俺、クールですから」

「それ使い方間違ってるわよ。まあ、大鳳には言わないとね。元旦那まがいは18歳年上で、子種が心許ないから、子供が出来てから籍を入れようですって。それで、籍に入ったのは、愛人のプロゴルファー。まあ、身体の相性って、あるものよね」

「ご愁傷様です」

「大鳳、一々、誤用多いわね」


 与儀さんは、ビーチチェアーから起き上がり、どえらく俺を睨む。そして、バンドゥビキニの背中に両手を回し、パサっと、トップスが落ちる。


 その乳房は、丁度俺の手で包めて、ピンクをベースにした淡い小麦色の乳頭も健康的で素敵だった。

 直感でこの乳房は、俺を待ち続けていたと思った。強烈なバイブス。与儀さんも同じか、見る見る乳頭が尖って行く


 俺は動悸が酷く高まるが、ただ、与儀さんに触れたく、ビーチチェアから起きる。


 ただ、あと15cmで、与儀さんは無邪気に後退りし、猛ダッシュでビーチを駆け抜け、海と共にある漁師の様に、海にダイブする。


 都合20m潜ったか、与儀さんが浮かび、ワンレングスをかき上げると、可愛いおでこが露わになる。あまりお茶目過ぎた時に、いつかきっと、叩いてみたいのそれだ。


「どうしたの、大鳳、私を捕まえないの、飛び込んで来なさいよ」


 俺も、ビーチを駆け抜け、与儀さんと同様に海にダイブする。海中で与儀さんを探し、イエローの水着の下半身が見えたので、浮き上がった。


「ようこそ。あと、もう一歩よ」

「俺、与儀さんと、一緒にいたいです」

「よく出来ました」


 俺達は、季節外れでも10月の海で、最高の体温のまま、愛情のままに、抱きしめ合い。そして自然と唇が重ね合う。


 その夜はごく自然に夜を重ねた。愛情を噛み締め合える事を、運命と知った。そして、その雰囲気のまま東京に戻れる筈だった。



 △



 しかし、東京に戻ると、俺と与儀さんは普通に上司と部下の関係に戻った。男女の勢いって、そんな感じだろうと、俺はそれなりに受け取った。


 そして、そのまま1年が推移して、朝礼で、与儀さんは上位銀行の銀行マンと再婚したと報告した。皆がおめでとうございます。そしても俺も同じく。与儀さんは俺に歩みより、何かがしなったと思ったら、頭が右に流れた。見事な頬叩きだ。


「ああ、スッキリしたわ」


 何故になったが、与儀さんのその真っ直ぐな視線に気づいた。最高速でやっと頭が回る。与儀さんは女性のカードを出し尽くしたのに、俺は何を気遣って秘め事に持って行ったのだろう。そういう事かだった。

 皆が、気まずい顔をする中、俺は最大限に取り繕った。


「すいません、寝ぼけ顔で、おめでとうはまずいですよね」

「良いのよ、大鳳さんの長所は、良い意味の鈍感さだけど、結婚しますでそれは無いわよね。心が凄い痛んだわ」


 皆が、気まずい、ここは笑わないとで、目の笑っていない高笑いに入る。俺は真顔で、あちゃあ。どれだけ傷つけていたんだよと猛省した。


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