Painted It, Black.Or something.

 同じ業務課の滝沢和泉は専門学校出の同期になる。2歳しか離れていないのに、学生時代に感じる、あの女子のあどけなさを、今も持っている。

 そして全然イケてない相貌なのに、何故かモテる。彼女の周りに、何かと男性社員が群がるのが、正面席の俺としては、うざったい。と言うより、単純な嫉妬だ。


 この俺、女性にはとんとの俺が、なぜか滝沢には5度告白して、全部撃沈している。ややしつこい部類か。

 滝沢曰く、生理的に無理と朗らかに言われる。語彙が少ないのではなく、俺の容姿がイケて無いのだろうと、男性ファッション雑誌を全て眺め、やれる事はアップデートした。でも駄目だった。

 ただ、通勤中でやたら、女性の視線が、俺のウェーブを綺麗にジェルで流した身支度に囚われる。うん、努力してるよ。

 それは気のせいも。同期会があると、女子陣においでよと集合写真に呼ばれる。それで、不器用にVサイン。何だかだ。



 △



 営業で1年下の勅使河原雅宣の席は、複雑設計ビルの柱に程良く隠れる。ここ一週間は朝早出のセッションになる。

 基本、こいつ勅使河原とは全く反りが合わない。確かに発注を持ってくるが、他社を出し抜いての納期なので、発注の際は無理、そこはマストと、最後は業務課が折れ、総出の手伝いになる。

 そんな険悪も、エロ写真投稿誌:森林写真館の第二特集ページを開くと、俺たちの距離は何故か0になる。


「一樹さん、美術専攻ですよね。この裸で万歳は、滝沢ですよね。この目線ってバター塗っても取れませんよ」

「まあ、ラブホのサイズ的に160cm強は妥当。そして腰の高さは一致。でもさ、ここんところガクって落ちてるから。変な奴に仕込まれてるんだろうな」

「それ、悔しく無いですか。一樹さん、アタックしてるんですよね。俺、これ、何度聞いるんですか、あーーー誰かさん、聞こえますか」

「まあ、生理的に受け付けないらしいから」

「そういう弱気な方に、俺、ガチで行けないっすよ。しょうもない」

「つうか、俺は、お前のアシスタントじゃ無いから」

「あーあ、ゴム付きで咥えて貰っても、気持ち良いのかな。皆さん、違いますよね!」


 勅使河原がやたら通る声で、恵比寿支店が下世話に爆笑する。

 ダダダ、底上げフロアを駆け抜けるパンプスが近づく。言わんこっちゃ無い。

 俺は掛けてきた滝沢にショルダーアタックされ、キーーーともはや獣声の滝沢が、勅使河原のエロ写真投稿誌:森林写真館を全力で引き裂くと、無残に床に散った。

 硬い写真雑誌の筈だが、女の又の力は、何かニュアンスが違うか。


 そのタイミングで滝沢が、文京支店システムエンジニアの小松克政からの内線と呼ばると、滝沢はイキリ立って自らの席に戻る。

 捲し立てて何を言ってるかだが、何かの痴話喧嘩らしい。俺達は察しがついていた。あの小松はマニアックだからと。


 そして、滝沢が怒鳴り散らすと、受話器が陶器を割った様な音を立てた。

 まあ壊れてはいないか。2度と電話するなも聞こえた。滝沢は朝礼前に女子トイレに駆けた様だった。


「あーあ、滝沢しょうがないな。一樹さん、この辺片付けて下さい。俺、士気を高めるんで、朝礼始まる前のエロスを、たっぷり」

「テッシー、俺は先輩だぞ、」

「ええ、尊敬しています。そして、俺が借りを返します」


 勅使河原が、意気揚々に机の一番下の引き出しを開くと。そのエロ写真投稿誌:森林写真館今月号が30冊は収納されている。まあ、今月号だしな。



 △



 滝沢和泉の決別宣言翌日から、ショートボブにイメージチェンジした。

 ここ迄分かり易い女子なのに、何で俺が駄目か不思議に思う。

 そして遅い昼休みのエレベーターホールで、滝沢と鉢合わし、二人きりの搭乗になる。


「大鳳君、品川のホテルのディナーで、私はokだから」

「あっと、ごめん、滝沢。俺ロング派なので、ちょっと違うかなって」


 滝沢和泉の頭から、明らかに湯気が出ている。そして怒りにまかせてか、ゴンゴンとドギツイ音でエレベーターを蹴り上げる。その目的階に着くと、フンと鼻息も荒く出て行く。


 何時迄も男子が追い縋るのは、若くて清純を保ってればこそだ。アイドルの多くは、それを理解して無いと、絶妙な事に気付いて欲しい。



 △



 実質、俺が滝沢を振ったその次の日から、滝沢の髪はガーネットに染められた。これ以上髪の毛を切れない以上、そっちに行くかだ。


 そして、次の写真投稿誌:森林写真館最新号。今度は巻頭に、また黒目線の滝沢和泉が載る。勅使河原の乾いた爆笑が朝から響く。まあ報復写真か。合意とは言え中出しは若いって事だ。別れ方が拗れると一生響く。


 果たして、発売日翌日の緊急辞令で、滝沢和泉は湘南サテライトオフィスに異動になった。

 サテライトである以上、滅多に社員は詰めない、もう滝沢のキャリアは望めないだろう。


 俺を猫可愛がりする、淵野辺静香業務本部部長の人事権発動もどうかとは思うが、若さとは、相手によって簡単に踏み外すものだ。



 △



 それから風の噂を聞く。正直に言えば、羨ましさ余ってだ。

 滝沢和泉は、一流大手のシステムエンジニアリングと結婚したらしい。まあ合コンやり手だったら、ちょろいターゲットも見つかるか。そして品川の億ションで、家族仲良く過ごしているらしい。波風あれどそれかよ。いや、俺界隈の滝沢和泉を知る者は、人生そんな落ち着く筈もあるまいだ。

 そして、ついエロ本棚で写真投稿誌:森林写真館を見ると、いつかここにまた登場するのだろうな。テープで、中身の見れない雑誌に思いを馳せる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る