第3話 瞬間  春〜東風2

  3


「次は勝つ!」

 

 俺の意気込みにまわりの表情は冷たい。


 そんな空気にメンバーの幹也が無言で肩をたたいてくれた。


 お前だけかよ……


「お前が中堅になれば、俺たちの勝ちじゃん」

「それじゃ、俺は渡辺にまけたみたいじゃねぇか!」

 

 メンバーは渡辺に勝つことはあきらめている。

 渡辺の強さは普通じゃない。

 

 しかし、五人の対戦なら三人が勝てばいい。

 中堅は3番目。渡辺を相手にせず、俺は確実に勝てる相手にぶつかり勝利する。

 これで俺達の勝ちだ……


 けどそれじゃあ。俺は渡辺と闘えない。


 「渡辺だけは負けねぇぜ!」


 相手のチームのアオリだ。

 女の影に隠れてるのもズルくないか。


「まぁ、渡辺っちだけ、強いしな」


 敵の中堅 佐藤がつぶやいた。

 学校の成績は良いみたいだが、さほど強くないない、試合の中では負けている。


 負けをゆるして流される佐藤に俺は。


「お前はそれで、いいのか?」


 とたずねてしまう。

 真意を見抜いたのか佐藤は静かにこたえる。


「……最初は勝てると思ったけど……気づいたらあきらめた……」


 それは渡辺の長くそばにいた奴の実感。


 だからか……道場の規模にくらべ門下生がすくなかったのか!

 みな渡辺の強さがイヤになったんだ。


 そして、あきらめた者たちがのこった。

 いやだ。俺はこんなふうになりたくない。

 次は……


「おい、虎雨。たのみがあるが着替えたか?」


 そんな沈黙をやぶったのは、佐々木先生だ。

 空気がかわった。

 その言葉にすくわれたのは俺たちだけではなかった。


  4 


 シャリシャリ足音がひびく。 

 雪ニゴりがのこる道のせいだ、寒さが明けたあとの風情。

 溶けかけた雪が春泥になりくつを汚す。

 それ以外は、剣道家にとって普段とかわらない。


 余寒のこる花冷えのこの頃。


 春へと暦がかわるの中、花見計画を先生方が企んでいたらしい。

 そこに買い出しというバツをうけてしまった。


 なんで、こうなった。

 突きをしたのは俺だ。

 とうぜん、バツをうけるのは俺だけでいい。

 

 だけど、となりにいるのは渡辺。

 すごく不服そう……


「……なに?」

「別に……」


 二人だけの道はきまずい。


 俺のせいでこうなったし、道場仲間の女子とは話すが、闘ったことしかない渡辺と、どう話せばいいのか。


 しかも、俺のせいで機嫌はわるい。

 

 渡辺は髪をチョコンと結んでいる。

 このギリギリ結べる髪型は面をつけるのに楽で、剣道女子がよくやっている。


 よく見ればブカブカの長袖パーカは小手打ちのアザを隠すため、足首のテーピングも剣道家あるあるだ。


 アザもテーピングも彼女の努力の跡だ。 

 足首のテーピングが……おそろい、いや、考えない、剣道家あるあるが重なっだけ。


 ふと、あることに気づく。

 ビニール袋が大きく渡辺が、どう持手ばいいのかとまどっているようだ。


 これはしょうがない……か


「その荷物も、俺がもつ」


 スッと渡辺がもつビニール袋をとりあげようとする。


「私がもっているの!」


 大きな声におもわずおどろいてしまう。

 ナメられたと思ったのだろうか?

 

 たしかに、ヘタな男子よりも渡辺は力強い。

 けど、それは力じゃなくて、身長の問題だ、いや、それもバカにされたようにかんじるのかも。


 俺はぐるぐると思考がめぐる。

 結局、頼ったのは責任感だった。


「最初に突いたは俺。だから、俺が持つ!」


 そのワケに納得がいかないみたいだ。

 けど、ここでケンカするのはバカバカしいと感じたのだろうか。


 渡辺はビニール袋を俺へとさしだす。

 通じた、よかった。

 俺は代わりに小さな菓子袋を渡辺にさしだした。


 もともとの荷物をふくめ、俺が倍ほど持っているが、これも稽古だ。

 

 むしろ、渡辺のほうが納得がいっていないようだ。 

 けど、皆をもたせるのはわるいだろう

 こうして、俺たちは道場への道を急いだ。

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