第2話 それは、小夜鳴き鳥と鷹のように

第2話 それは、小夜鳴き鳥と鷹のように


 気が付くと、俺は長閑な農村にいた。

 木々が風に揺れてだの、緑が豊かだの、それ以上の言い回しは俺にはできない。

 村全体が農業をしている様で、都会の喧騒とは全く異なる風景だった。


「……。」


 しかし、そこに活気はない。

 村全体が賑わいながら畑仕事をするのではなく、淡々と雑草を抜いたり、黙々と水やりをしている。

 見るからに、辛そうな面持ちで作業をしていた。


「あんた、見かけない顔だな。」


 ジッと様子を伺っていると、この村の住人らしき男に声を掛けられる。


「俺はここのまとめ役をやっている、ノウキと言う者だ。あんたはどこから来たんだ?」


 動揺しつつも、俺はそれに答えた。


「俺はアラタカだ。何処から来たかと言われても、俺もよく分かってない。気付いたらここにいたんだ。」


 嘘偽りなく、本当によくわからないままここにいたことを伝える。

 ノウキと名乗った男が『なるほど』と呟くと、じゃあなと言わんばかりに軽く手で合図してその場を去っていった。

 続くと思っていた会話が無くなり、俺は肩透かしを食らった思いに苛まれる。


「何なんだよ。話しかけてきた癖に名前を聞いて終わりかよ。」


 聞こえない程度に愚痴を零し、俺は村から離れていった。


 それから、度々通りすがりの人に声を掛けられたが、最初と同じように、名前を名乗りあったら会話は終わる。

 村人同士の会話も少なそうに見えたが、ここの人は他人に対して興味が極端に薄い。

 まるで、それがルールかの様に、一人として会話が弾むことは無かった。


「おや。貴方、珍しい魂魄をお持ちですね。」


 またしても、通りすがりに話しかけられるが、その内容がいつもと違う。

 と、言うよりも、意味が理解できない。


「何なんだあんたは?」


 無視を決め込もうとしていたが、余りに不思議過ぎて返答してしまった。


「これは失礼。私はリスタルテと言う者です。貴方から不思議なオーラを感じましたので、つい声を掛けてしまいました。」


 今までとは違い、その男とは会話が続きそうな手ごたえを感じる。


「俺はアラタカだ。気付いたらこんな所に飛ばされてたんだが、あんたはここが何処か知っているか?」


 質問を投げかけてみた。

 今までなら、ここで会話は終了し、興味なしとばかりに相手は去っていく。

 しかし、この男との会話は、どうやら続きそうだった。


「私はこの世界に来て間もないですので、ここの事はよく知りません。ですが、貴方の持つ不思議なオーラについては少し話せると思いますよ。」


 男の口から出たオーラの単語。

 それにも興味はあったが、何より、この男も俺と同様に、異世界から来たみたいなことを言っていた。

 名前からして同郷ではないと思うが、同じ境遇の者に出会えたことに、喜びと言うか安堵のような気持ちが芽生える。


「あんたも異世界から来たのか。実は俺もそうなんだ。よくわからないまま女神とかその従者みたいなのと戦わされて、気付いたらここにいた。いつか必ず、強くなって女神と従者に復讐してやるつもりだ。」


 安堵の所為か、気付けばアルゴスとの戦いも口走っていた。

 よくよく考えれば、神と戦ったなんて信じてもらえるはずがない。

 しかし、このリスタルテと名乗った男は、それをも理解して返答してくれたのだ。


「それは災難でしたね。抗いようのない力を誇示する女神との戦い。さぞ苦戦を強いられたことと思います。」


 まるでその戦いを見てきたかのように、彼は俺の気持ちを理解して労いを述べる。


「圧倒的な力を見せられ、対抗策も無いままに一方的な仕打ちを受け、貴方の受けた屈辱は到底許されるものではないでしょう。」


 その一言一言に理解を感じ、俺はリスタルテが話が分かる相手だと認識していった。


「ですが、こうして生きていると言う事は、力があれば貴方が勝っていたと言う事では無いでしょうか?」


 そんな相手から、突如投げかけられた質問。

 もしもあの時、俺に力があれば、果たしてアルゴスに勝てていたのだろうか。


「勝つ自信は……無くはない。」


 即座に勝てるとまでは言い切れなかったが、簡単には負けていなかっただろう。

 時間が経ち、冷静になったことで、アルゴスの強さは分かったつもりだ。

 恐らく本気じゃなかったことも、奴の言動を考えれば分からなくはない。

 だが、その慢心に漬け込むことで、ここぞという時に力を発揮できれば、ワンチャンスはあったかもしないと思った。


「そんな貴方に朗報です。この世界の女神を、この世界を憎むことができるのなら、それを糧とする力を得る機会が今まさに目の前にあります。」


 深夜に放送している通販番組のような言い方に、俺は疑念を抱く。


「いや、何か都合よすぎねぇか?」


 明らかに怪しい勧誘のような、今正に欲しているからこそ、このタイミングで手に入ることが不思議に思えた。


「確かにあなたにとっては都合がいい話ですが、勿論、私にもメリットはあります。」


 リスタルテはそのメリットについて話し出す。


「貴方がこの世界の女神とその従者に復讐を考えているように、私にも復讐したい者がいます。その復讐対象を引き摺り出す為には、この世界の女神の従者や他世界の女神に関連する相手を倒さなくてはいけません。」

「だったら自分でやればいいじゃねぇか。」


 リスタルテの目的に、俺は正論を返した。


「ええ、勿論そのつもりでこの世界に来たわけですが、私が倒してしまっては、貴方の復讐は成されません。逆に貴方が復讐を遂げる事で、私の目的は達成されます。つまり、貴方が倒せば自身の復讐も果たされ、私の目的も成就するという点で効率がいいのですよ。それに、貴方は力を得る事が出来ます。その力を後で返せとは言いませんので、女神を倒した後はどのように使っていただいても結構です。いかがでしょうか?」


 正論を正論で返され、俺は暫く考える。

 旨い話には裏があるものだが、チャンスは掴み損なうと訪れない。


「魔兎と翼獣、と言う童話があるのですが、空腹の翼獣に捕まった小さい魔兎は、自分はまだ小さいから大きく育つまで待つ方がいいと命乞いをします。翼獣は一体どうしたと思いますか?」


 決めかねている俺に、リスタルテは童話を持ち出してきた。

 聞いた事のない話にどう答えていいかわからず、俺は直感で回答する。


「空腹なのに逃がす訳ないだろう。捕まえるのにもエネルギーは必要だしな。」

「正解です。」


 自分なりの回答は、どうやら合っていた様だ。


「そこで逃がしては、いつまた食料にありつけるかわかりません。チャンスは大小にかかわらず、機を逸しては得られないものなのです。」

「なるほど。」


 リスタルテの解説に俺は納得する。

 喧嘩でもそうだったが、倒せるときに倒しておかないと、後々後悔することが多い。

 相手の仲間が集まりだせば、多勢に無勢で反撃を許してしまう事がこれまで幾度となくあったからだ。

 その経験から、俺は決断を下す。


「この世界の女神と、アルゴスは俺が必ず倒す。その為に、あんたの言う力を俺にくれ。」


 覚悟を決め、俺は力を求めた。


「分かりました。貴方の英断に見合うだけの力を用意しましょう。」


 そう言って、リスタルテは一冊の本を取り出す。

 それはゲームに出てくる魔導書のような見た目で、神秘的なオーラと重厚感がにじみ出ていた。


「物質に火を点す力、イグニッションの能力を貴方に送ります。」


 緋色に輝いていた魔導書は、やがて夜を迎えるかのように闇に呑まれていく。

 そして、魔導書は灰色の光を放ち、その光は俺の体へと吸い込まれていった――。

 

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