ファッキン運命

「というわけでオカン様。一身上の都合で退職してもよろしいか」


『あんたバカなの? それはそれで、地元こっちに帰ってこれないのは仕方ないでしょ。明らかに出世コースに乗ってるでしょうに何考えてるのよ』


 成り行き的にオカンには話をせざるを得なかったので、今後の身の振り方について許可を得ようと電話をしたらものの見事に全否定された。悲しみよこんにちは。

 俺の地元愛が出世よりも価値がないと言われたようで納得いかんわ。


「俺に死ねと申すか」


『本社で出世すれば人生勝ち組確定じゃないの。二度とあるかないかわからないチャンスを棒に振るとか、なにアンタバカなのアホなの死ぬの?』


「……」


『私のことは心配などしないでいいから、今までの努力が報われるような未来をつかんできなさい』


 うーむ。


 確かにオカンを一人にするっていうのも気が引けるって部分はあるんだけど、今までの努力って言われてもね。なんとなく、自分の意志で決めたことが少林寺の道場通いくらいしかないように思えてくる。


 ……だが確かに、人生の履歴書で早々に汚点を残すような真似をするのも気が引けるな。


 しゃーない、腹くくるか。



 ―・―・―・―・―・―・―



 というわけで、次は手毬へと連絡を取ってみたのだが。


『本社残留おめでとうございます。では来年によろしくお願いしまーす、せーんぱい♪』


「うっざ。だいいち手毬が入社してきたところで同じ部署に所属すると決まったわけじゃないんだから、俺が先輩として役立てる機会などないぞ」


『そんなことないでしょ。知ってる人がいるってだけでも心強いもの』


 案の定なレスポンスゲットだぜ。俺の人生は手毬に奉仕するためにあるわけじゃねえっつーの。


「だがな、こっちはてんやわんやだぞ。だいいち住む場所もキープしてないし」


『そのまま社員寮に住めばいいじゃない。研修中ずっと住んでたんでしょ?』


「バッカ、社員寮に住むとかありえねえ。もし彼女ができても連れ込めねーじゃねーか!!」


『……』


「しかも社員寮が結構な年代物で、わりと音漏れもヨコ漏れも後ろから前からすごいんだぞ! こっち側も気を遣うしまったく落ち着かんわ!」


『……サイッテー』


 おおう、通話の向こう側にいる手毬の目がどんななのか、容易に想像できる冷たい声だわ。

 だがコイビトを連れ込めるか否かってかなりの重要なこだわりポイントじゃないのか、独り暮らしの人間にとっては。


「なんといわれようとかまわん。ひとりってのはわりとこたえるもんだからな」


『ボッチだったくせに?』


「そういう意味じゃないわ。帰宅したらその時点で声帯を使うことがないんだぞ」


『そっかー、お母さんと話すことで優弥はボッチでも耐えられてた、ってことね。ひょっとして地元帰りを希望したのはそれが理由?』


 手毬の言い分もひどい。

 いやまあ確かにボッチだった可能性は……うん、まあ、なんだ。西田もいなくなって苗木さんとも合コンのアレ以来やや疎遠気味ではあった。

 だが俺はわりと大学時代に声帯を酷使していた感はあるぞ……


 ……ごめん盛ってた。コクシまではいかん。せいぜい九種九牌レベルだった。


 が、オカンは除外するとしてだ。真尋がいなくなってからも、手毬とも結構話してたと思うんだがどうなのそのへん。


 前向きに考えろ。

 ということは、いまいち自信はないし改めて宣言することでもないけど、やはり手毬は俺のフレンドといっていいのではなかろうか。むろん健全なほうの。


 というわけで反論してみる。


手毬おまえもいるじゃねーか。なんだかんだ言いつつも、俺とはしょっちゅう話してたはずだが?」


『……いや、まあそうだけど、言われてみれば』


 思ってたのと違う反応。手毬がなんか面食らったような話し方してる。

 まさか俺を友達だと認識してなかったのか、おい。


「手毬にまで友達否定されたら俺がみじめすぎんぞ。泣くぞ。吊るぞ。処すぞ」


『……ふ、ふーん。ま、まあ、そういうことにしてあげてもいいわよ、たしかに、うん。だから泣くのはともかく吊るのと処すのはやめて』


 さらに突っ込むと、あきらかに手毬がうろたえてる。ちょっとかなしい。


「歯切れが悪いな。俺のことをヒョロガリ扱いしてたあの頃を思い出しているのか」


『え、い、いや、そういうわけじゃないけど……というかまだ根に持ってたのね』


「根に持ってたらこうやって話などせんわ」


『……ま、そうね。今は対等どころか、優弥のほうが先輩だし』


 人生逆転。いや下剋上か。今まで高校時代のカーストを引きずられても困るので、とりあえずその話はこのあたりでやめとこう。


 …………


 でもなあ。

 俺が、これだけ付き合いが長いのに手毬を彼女にしようとか思わないのは、やっぱり心のどこかで高校時代のことを気にしているせいなのかもしれない、と気づいた。


 ──所詮、元ヒョロガリが手毬のお気に召すはずがない、って。



 ―・―・―・―・―・―・―



 紆余曲折もありつつ、なんだかんだ言って結局本社の総務企画部への配属を受け入れた俺だが。


「ねえ中西。アンタさ、ゲイノージンに知り合いとかいない? いないよねさすがに?」


「……は?」


 おなじ企画部になぜかいる特級呪物の吉崎パイセンに、配属早々そんなことを尋ねられて面食らった。

 パイセンは人事にいたんじゃなかったんかい。どーなってんだこれ。

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