最後の言い訳
就職活動のために俺が東京へ行ってた間に、真尋が帰省していたらしい。
残念だったな、というような態度でオカンがそれを告げてきたが、どんくらい垢ぬけていたのかを見たかった感は確かにある。
なんというタイミングの悪さ。
ま、これも運命といえばそれまでか。
ちなみにアイドルユニットでデビューとのこと。
さすがにピンでは難しいのだろうし、今はアイドルも成人していないといろいろ活動が難しいとは聞いた。水着グラビアとかかな。
「いやー、ひと目見て確かにアイドル、みたいな感じはしたけどね」
「錯覚ちゃうんか。手毬とそんなに変わらんだろ」
「変わるわよ。常に見られているっていう意識があると気が抜けないもの」
というわけで、手毬は真尋と会ったようなので、内定おめでとう飲み会で手毬に軽く聞いてみた。
あ、飲み会といっても手毬と俺だけしかいない。しかも大衆居酒屋。
「なるほど、ゲイノージンともなると毛玉付きジャージでコンビニに買い物にはいけないんだな」
「そんなの田舎のコンビニでもそうそう見ないわよ」
「手毬は行ってそうなイメージ」
「あんた、あたしを田舎臭い女と思ってんのね。よーくわかったわ」
「いやいやそういうわけじゃない、親しみやすくていいって言う意味だ」
「なーんか釈然としないわね……」
「気にすんな」
例のカタコンベ飲み会以来、手毬は手毬で多少アルコールに対する自制心は芽生えたようだが、飲み会に積極的に参加することはなくなった。酒による貞操観念の低下を危惧してのことだろうか。
まあ俺は俺で手毬くらいしか飲みに誘える相手がいないので、仕方なく付き合ってくれているのかもしれん。やさしい後輩をもって俺は幸せだよ。
「まあ、とにかく内定おめでと。本社が東京でも、勤務先は
「いちおう希望出せばOK、ということだったからな。その条件がこの会社に決めた一因だったりするし」
「ふーん。都会に出てみたい、なんて願望はないの?」
「都会恐いもん。いきなりガムテープ巻きにされて強盗とかいやだぞ俺は」
「若い人間は狙われにくいんじゃないかなあ……というかここでもそれに遭う可能性はあるわけでしょ」
「まあ、オカンをひとりにするのもなんか気が引ける、っていうのはある」
「あんたってわりと家族思いよね」
「家族が一人しかいなけりゃ当然じゃないのか」
「……真尋は、そこのところどうなんだろ」
「さあな、だがあいつも千尋さんに楽させたい気持ちで頑張ってんだろ?」
「そうよね……人気出るといいんだけど、ね」
お互いの中ジョッキをカツンと軽く合わせてから、そんな雑談をする俺と手毬。
家族にしろ友人にしろ、情ってもんは人間の行動原理に深くかかわってくるもんだ。
だからこそ、みんながみんな幸せになれればいいんだけどな。
「だけど、内定もらえた伊藤厨商事とか一流企業よね。いいなあ、優弥のコネであたしも内定もらえたりしない?」
「まだ働いてすらいないのにそんなことできるわけないだろ」
手毬の戯言を軽くかわし、俺はジョッキ内のビールをあおる。
もしも手毬が同じ企業に就職、なんてことになったら、とんでもない腐れ縁になるんだが。
ま、それはそれで、俺は別にいやではない。
―・―・―・―・―・―・―
そして時は過ぎ。
真尋は真尋でその後必死に頑張っているようなのだが、人材豊富な芸能界ではなかなか芽が出ないようだ。まあ売れるきっかけなんてのは突然思わぬところから湧いて出るものなので、これからどうなるかはわからん。
さほど売れてないせいで、高校時代のオイタなどが大っぴらになることがなかったのはよかったように思うが。
あと、手毬はなんと、俺と同じ伊藤厨商事の内定をゲットしやがった。ただし仙台支社勤務を希望している俺とは違って、東京の本社勤務希望とのこと。都会に対するあこがれがあるらしい。
あか抜けた真尋にあこがれでも抱いたとかか?
ま、それはともかくとして。
俺は俺で無事大学を卒業し、社会人一年生としての一歩を踏み出した。
が。
まさか就職先に、百合嗜好の吉崎先輩がいるとは思わなかった。
ふたたび悪夢がやってこなきゃいいんだけど。
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ダラダラやっても仕方ないので、次からは社会人編突入します。
更新が遅れたのは単に本業で死んでいただけです。これから多少余裕ができた……はず。
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