ファレノプシス・アフロディテ(真尋視点)
芸能事務所にスカウトされた時、素直にチャンスだと思った。
いくら奨学金のお世話になっているとはいえ、大学に娘を通わせるのはおそらく大変なことだとわかっていたから。
俗物っぽい、金の亡者みたいなセリフだけど、たくさん稼いで生活が楽になるなら。
ママの助けになれるなら、ささやかなぜいたくをできるくらいの日常がやってくるのなら。
そんな強い思いがあったからこそ、わたしは迷わずにスカウトの話に乗っかった。チヤホヤされたいという気持ちもなかったわけではないけど。
むろん、成功するとは限らないとわかってはいる。おまけにこの世界で食べていくには、それ相応の覚悟とスキル、そしてなにより運が必要だろう。
だから、これまで以上に真面目に、必死に取り組んだつもり。
自分で自分をほめてあげたくなるくらいに真剣になれたのは、おそらく優弥と手毬のおかげ。努力することを見て学べたおかげ。
二人には心から感謝している。
まあ、中途半端なままで地元に帰るわけにはいかなかったとはいえ、さすがに帰省する余裕すら持てなかったことは計算外だった。しかもスキャンダル防止のためにSNSとかライソとかも徹底的に監視されて、そこは素直に息苦しかった。
それでも、努力の甲斐あって、デビューしてからの活動などいろいろ細かい点もほぼ決まった。すると『今のうちに帰っておいたほうがいい』とマネージャーさんが気遣ってくれたので、三日ほどお休みをいただいて、少しだけ家に帰ることにした。
この帰省が終わったら本格的な活動を始めることになるので、しばらく息抜きなどもできなくなりそう。
「やっほー、えりりん。帰省する準備は済んだの?」
「あ、さゆりちゃん。今終わったとこだよ」
デビューが決まってちょっとだけ解放感に包まれながら、帰省のための荷造りしていたところに、同じ時期に契約した黒田さゆりちゃんがやってきたので、軽く世間話をする。ちなみに『えりりん』とよばれてる理由は、わたしの芸名が『
さすがに本名で活動するのは気が引けたので。
あと、さゆりちゃんは、そのまま『さゆり』という名前でデビューすることになっているはず。
知り合いが一人もいない都会で心細かったけど、彼女のおかげでだいぶ救われたことはまちがいない。ただ、そのせいか余計なことまでしゃべっちゃった気もしないでもないかな。
それはともかく、今回の帰省。
ママともしばらく顔を合わせてないし、優弥のことも気になるし。帰省するのが楽しみではあるんだけど。
「そっかー。そういえばまひろんって、地元にすきぴいるんだっけ。見せてもらった感じ、顔はフツーだけど、TH大学なんて将来有望だねーえ」
「あはは……まあそうだね、やさしくて頼りになる人だよ」
「かーっ、ノロケかよ。まあ将来稼いでくれそうだけどー? でもさすがにこの世界に入っちゃったらおおっぴらにはできんでしょー?」
「それは……まあ」
「それに会いに行くのもひと苦労だしねー。まあ、えりりんがこの世界で売れたりしたら、もっといい条件の男がたくさん寄ってきそうだけどさ」
「……」
「そうなるようにがんばる、っていうのもいいかも」
「……わたしは……」
さゆりちゃんの言葉にちょっと引っ掛かりを覚えたけど、反論の言葉をつい言いよどんでしまう。
わたしは別にいい男にモテようとしてこの世界に入ったわけじゃないから、そのあたりはそこまで考えてなかったのに。
──わたしが売れたら? 人気が出たら?
──じゃあ、売れなかったら? 人気が出なかったら、どうするの?
「とりまゆっくりできるといいね、えりりん」
「あ、うん……ありがと、さゆりちゃん」
さゆりちゃんに悪気はない、それはわかっているけど。
ちょっとだけ、帰省の楽しみに、不安が追加されたような気持ちになった。
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