口実、というのは口でする理由ではない

 というわけで、現状打破の予測すら立てられないまま数日が過ぎたのち。

 大学から帰宅すると、急展開が待っていた。


「優弥! 聞いた、真尋ちゃんがスカウトされたんだって!!」


 玄関の扉を開けるなり、こぶしを握り締めたオカンが興奮気味にそう言ってきたので、俺はあっけにとられる。


「……は? なんや、そこいらの森でキャンプでもすんの?」


「ガールスカウトじゃないわよ! バリバリのゲイノーカイよ!」


「あそ。で、なんてAVのブランド?」


「あんたはなんでそういう斜め上の方向にいくのよ。ちゃんとした芸能事務所のスカウトに決まってんでしょ。『バチェラーガール』って事務所、私でも知ってるくらいなんだから」


「……マジですか」


「びっくりよね。千尋がもう興奮してて手に負えなかったわ!」


「……」


 そういいつつも、自分で自分を隠し切れないオカンであった。年甲斐もなくジュンとしてません?


 まあ、それほど興味はないにせよ、芸能界に関して俺も多少の知識はある。『バチェラーガール』ってたしか、成人女性のみを所属対象としている芸能事務所だったよな。所属しているタレントは声優、グラビアアイドルから本格派女優まで様々だけど、大河ドラマの主役に抜擢された女優が所属していたりとか、今飛ぶ鳥を落とす勢いの芸能事務所だったはず。


 …………


 めっちゃスカウトされた経緯知りてえ。


 が、まあそれはともかくだ。

 真っ先に頭の中に浮かんだのは。


『真尋がもしも高校時代、橋爪を含むファッカー部に肉便器扱いされてたことが公になったら、芸能界デビューして人気出てもあっさりおしまいじゃね?』


 ということだった。


「あのー、お母様」


「なによ。アンタ冷静過ぎない? 幼なじみがゲイノージンになるかもしれないってのに」


「残念ながら俺がそうなるわけでもないのでそこまでおってられません。いや、もしも阿部力ばりにトントン拍子に物事が進んで真尋が芸能界デビューしたとしてですね。過去の不祥事をほじくり返されたりしたらいろいろ面倒なことになるんじゃないですか?」


 というわけで疑問は後回しにせず、素直にオカンにぶつけてみると。


「ああ……そういうこと。ん、まあわりとそういうものはなんとかなるんじゃない? 芸能界にいる人間だってみんながみんな清廉潔白だったわけじゃないでしょ。それでもそういう過去が話題になることはあまりないし」


「いや、でも真尋の場合はにくべんk……」


「それに有望株ならなおさら、事務所がそういうのを放っておかないと思うしね」


「……」


 まあそれもそうか。社会経験の少ない俺には想像もつかんが、いろいろな対処法があることはあるんだろう、金とか暴力とか権力とか。清らかな黄金水ものどごし最低な白濁液も併せ呑む、という大人の世界だもの。


 しかし俺もたいがい偽善者だな。真尋には自分の心次第だとか偉そうに説教しておきながら、こんな心配するとは。


 だが、たとえ心が汚れてなくても、心の傷を掘り返されれば人は歪む。そして人生も一緒に歪む。他人に流されやすく、自分に酔いやすい真尋が健常な精神でいられればいいんだけど、将来的には正直に言って不安しかねえわ。


 という俺の思考に合わせるつもりだったのか、そこでオカンが言葉を追加してきた。


「ま、今現在進行形でヤバいとか、過去のヤバ画像がインターネットの神奈川沖浪裏の隙間に残ってたりしたら大問題かもしれないわね」


「……ヤバ画像が北斎の春画扱いで草。ってそういや、最近もグラドルが秒で消えた事件があったな……」


「物的証拠がなくて噂話だけなら、たいていのことはなんとかなるなるなるみ〇な、って感じだと思うわよ」


「それなんともならないやつだからな」


 オカンのテンションに付き合う義理はない。


 が。んー、まあ確かに今現在、高校時代の真尋のハメ撮り画像とか出回ってる様子はないしな。そのあたりに関しては心配しすぎなのかもしれん。幼なじみは心配性。


 …………


 ん? 

 ということは、今現在で『セックスfeat.俺』、っていう関係だったら大問題じゃね?





────────────────────



異動なんて、仕事なんて大嫌いだ。

またぼちぼち再開します。間が空いてすみません。


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