パートタイム・ラヴァー

 とりあえず手毬が落ち着いたところで、再度話の続きをする。


「しかしさ」


「なによ変態」


「いい加減機嫌直してくれよ。手毬と真尋がマッパで両隣を陣取っていたら、まずは手毬のほうを確認するくらいのレベルで俺は最優先友人認定してるんだから」


「だからあんたは黙れ!! 本当にもう、もうっっ!!」


 文句を言いながら、手毬は図書館脇、自販機コーナーのベンチに俺と隣り合わせで座っている。さっきまでの勢いそのままに、肩をたたく力の入れようは遠慮なしだ。


 それにしても、以前は手毬からバシバシと叩かれても大して痛くなかったのに、今日はガチで痛い。

 手毬はいつの間にこんなに力強くなったんだ。これが第二次性徴ってやつかもしれない。


 そう思うと感動もひとしおではあるが、痛いので止めてくれるよう懇願すると、しぶしぶと聞いてくれた。


 まあそれはよいとして、なんというか俺の手毬に対する相対的位置が年々下がっていってるように思う。たぶん気のせいじゃない。


 その後、とりあえずインターバルを置くように、事後の紅茶を二人でグイっとあおったが、飲み終えた手毬が真剣みを帯びた声で問いかけてきた。


「で、今度こそ真面目にどうするの? 真尋のことを」


「うーん……」


 それなんだけど。

 なんか引っかかる部分が、いつも真尋のことを考える上で出てくるんだよな。


「改めて考えるのだが。真尋は俺のどこが良かったのだろう」


「は? なにをいまさら……」


「いやそうだろ。オカン同士が知り合いで、長年幼なじみやってたにもかかわらず、高校一年までチー牛ヒョロガリ扱いされてたんだぞ。確かに真尋が道を踏み外しかけた時には、いろいろ余計な面倒は見たかもしれん。だがそれだけでいきなり手のひら返しするのはおかしくないか? 俺が納得いかない」


「……真尋の男を見る目が養われた、とは思わないんだね」


「それは『懲りた』の間違いだろう。単に価値観が変わっただけだ、自分がひどい目に遭って」


「……」


「おまけにな、根本的なところで真尋は全然変わってないんだよ」


 こういうふうに言語化すると、なんとなく考えがまとまってくるような気もする。まあそれも手毬という聞き手が脇にいるからこそなのかもしれない。


「……どういうこと? 真尋は前と比べてかなり慎ましやかになったし、自分を磨く努力もしてるじゃない」


「はた目から見るとそう思うかもしれないが、橋爪の時は『ワイルドなイケメンの橋爪くんかっこいい、彼のためなら何でもできるわ』だったわけだろ?」


「はは……まあ、そうだけどさ」


「そして多少の自惚れを承知で言うならば、今回は『わたしのことを心配して行動してくれる優弥オレかっこいい、優弥のためなら何でもできるわ、セフレでもいい』じゃねーの?」


「……」


「つまり、真尋の『自分に酔いやすくて、そのせいで男に騙されやすい性質』は、何も変わってないんだよ」


「……言われると納得するわね。優弥の人格は破綻してるし」


「やかましいわ。あと、真尋が自分を磨き始めたのは、おそらく俺の影響じゃなくて手毬の影響だと思ってる」


「……へ?」


「そうとしか考えられないじゃないか。自分と一緒に陰口を言い合っていた手毬が、その陰口の矛先である俺と必死になって勉強している。その事実が真尋に与えた影響はでかいと思うぞ」


「……」


 とつぜん手毬が考え込んでしまった。それについて反論はないということか。なら続きだ。


「ま、なまじ見た目がいいだけに、真尋に寄ってくる男がいい男ばかりとは限らない、ってこったな。俺も含め」


「やっぱり自覚あるんか……っていうか優弥はなんだかんだ言ってもハイスペックでしょうに」


「お、手毬から見てもそう思うのか? まあ努力らしきものは確かにしたが、だからと言って劇的に自分が変わったという意識はないんだぞ、内面的に」


「ばっ……そうじゃなくて、一般的に見て、って意味よ! だいいちTH大の学生ってだけでもじゅうぶんに高スペック案件でしょ!」


「それをいったら手毬も同じじゃねーか……まあそれはいったん置いといて。真尋も確かに言ってた、今の俺はモテてもおかしくない優良物件だと」


「なら……」


「残念ながら、俺より高スペックな物件は、広い世間にごろごろ転がっている」


「……」


「たとえば、日本の最高難関大といわれるTK大なら、俺より筋肉ムキムキで、俺よりイケメンな奴などさがせばたくさんいるだろう。そういう男と知り合って親密になっても、果たして真尋は俺を選ぶと思うか?」


「……」


 なるほど、真尋の件で俺が感じていたモヤモヤはこういうことか。自分でもフォーリン腑だわ。

 失敗したからこそ、自身の狭い視野内で幼なじみである俺が思いのほか優良物件だったことに気づいたのかもしれないが、所詮幼なじみは負けフラグ。


 つまり、真尋が社会に出て、自分の目につくところにもっといい男が現れたら、そっちに転ぶことも予想できる状況なわけだ。

 結局真尋、いや女に対して信用がないんだな、俺の中で。


 ま、なんたって結婚した後に浮気不倫するようなやつらが現実にはそんじょそこらにたくさんいるんだもの、致し方なかろう。しかも旦那とはできないハードプレイを愉しむようなセックスモンスターみたいなやつらが。


 魑魅魍魎ちみもうりょう シーツに残す シミ放尿


 と、脳内川柳はともかく。


 真尋も真尋で、自分がそれなりに優良物件だということを理解してほしい。

 まだ賃貸ならともかく、俺みたいなロクデナシ発言するやつに無償で提供してどーすんだ、自分の不動産価値ダダ下がりだぞ。高く売る方法考えろっての。


「俺の考えはそんなとこ。どこからどう見ても短命だな。意味はないと思う」


「えいえんはあるよ、ここにあるよ、とはならないのね……」


「輝く季節はまだ遠そうだ」


 なお、その後も手毬からとくに反論はなかった。帰って考えたい、らしい。

 俺としては手毬に聞いてもらえてよかったとは思うのだが、なんかすっきりはせんな、やっぱ。


 長い間、俺だけを愛してほしいと思うのは、わがままだとはわかっているけど。




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社会人編は略して打ち切ろうと思ったんですけど、思い直して続けることにしました。どうぞ最後までお付き合いくださいませ。

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