セフレの定義はわからん
「ねえお母様」
「なによ」
「なぜに生殖行為って気持ちいいんでしょうね」
「そうしないと誰も子づくりしないからでしょ。ただでさえ今少子化傾向が進んでるってのに」
ほうほうの体で真尋のアパートから帰宅した俺が、以前からずっと脳裏にあった疑問を混乱状態のままオカンへ率直にぶつけた結果、ある意味ごもっともな回答を得た。
「なるほど。つまり行為に快楽が伴わないと人類は絶滅すると」
「そこまでは言わないけど、少なくとも貧しい国での出生率はだだ下がるんじゃないかしら」
「まあ、他に娯楽とかはなさそうだしなあ……」
かなり偏見に満ちた発言である。が、これもまた真理だろう。
「久しぶりにあんたからしょーもない質問が飛んできてちょっと安心したけど、改めてそんなこと聞いてくるっていったいなんなのよ?」
質問の途中で何かを悟ったような表情を見せてしまったせいか、オカンにそうツッコまれる。素直に答えても良いんだろうか。
否。まずは遠回しに攻める。
「いや、セフレという関係っていうのも、快楽だけを追い求めるのであればありなのかなーって思って、人生経験豊富なオカンに聞いてみた」
「なによ、あんた生意気にもセフレとか作ろうとしてんの?」
「いやいや、まひ……」
おっと待て。
ここで真尋とセフレになるという可能性を示唆してしまうと、オカンに対しても千尋さんに対しても体裁が悪いことこの上ない。なんせこの二人は俺と真尋がくっつくことを期待しているわけだからな。
というかそんなこと知られたら『真尋とセフレ? そんな回りくどいことしてないで結婚前提でしなさいよそんな行為』とか逃げ道をふさがれそうにも思う。
……というか、自分のことながら、俺も割と面倒くさい男だな。
曲がりなりにも過去に好きだった女のはずなのに、真尋と付き合うことが今の俺に想像できないのは。
単に俺のことを心の底から拒絶されたことが残ってるから、って理由なのだ。
だが、この呪いは、たぶん一生解けない。だから真尋と付き合うとか結婚とかそういう未来はアウトオブ未来予想図なのである。
追えば逃げられ、逃げれば追われ。いつの世も男女の仲はままならんな。
というわけでしゃーない、濁しとこ。
「……いや、双方合意の上なら、そういう関係でも問題はないのかも、って思っただけで」
「……まあ、お互い納得の上なら、最初はそれでもいいでしょうけど」
オカンがそこで眉間にしわを寄せるのを、俺は見逃さなかった。
「最初は……ってどういうこと?」
「間違いなくすぐに飽きるわよ、絶対」
「へ?」
「同じパートナーとばかり行為してると、人間ってのは飽きるものなのよ、普通に。それがどんなに気持ちいいものでも、くりかえすとだんだん物足りなさが出てくるわけ。でなきゃ、レス夫婦とかがあれほど世間的に量産されるわけないじゃない」
「……」
「それにセフレってのは、セックスもする友達じゃなくて、セックスしかしない友達のことでしょ? 愛に支えられてないぶん、飽きるのも早いわよ」
確かにそれはいえる。そこに愛情という、自分の目とか世間体とかを曇らす覚悟みたいな何かがあれば別だが、そういうもの抜きでただただ交尾だけしてれば飽きるに決まってるわな。ウマゲーの因子周回作業みたいに。
「でも、仮にも友達だったら別にセックスだけしなくてもいいんじゃないの。それ以外で遊んだりとかしても十分友達として楽し……」
「あくまで、その二人にとってセックスっていうものが二番手以下の場合はね」
「……」
「男と女である以上、セックスっていうものは関係をつなぎとめる条件で一番最上位に来るのよねえ、結局。そこがうまくいかないとすべてダメになっちゃう」
なんか話の流れとしては自分でもわけわからんけど、なんとなくフォーリン腑でもある。友情と愛情は似て非なるものだからして。
「ありがとうオカン。深いわ」
「というか、なんでアンタはこんな質問を実の母親にしてくるのよ。一般的にこういう話は友達とするもんでしょうが」
「すまんな、友達のいない息子で」
「大学まで行っておきながらなんとまあ情けない」
「……」
くそう。言い返せない。
友達つーてもなあ、西田は未だに消息不明だし、あとは……
……手毬は、まだむくれてんのかな。
久しぶりに、連絡してみるか。無視されたら悲しいものがあるけど。
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