もう誰も続きなんか待ってねーよ

「……ただいま」


 今日も今日とて、なにも遊ばずに大学が終わったらすぐさま家に帰る俺。

 大学生活もすでに半分を過ぎ、来年度からは就職活動も始めなければならないというのに、青春を謳歌するという悲願はいったいどこに行ったんだろうか。


 音が出ないようにため息をつきつつ自宅の玄関のドアを開けたら、すでにオカンが待機していた。


「あらおかえり。さっき真尋ちゃんが来て、『相談したいことがあるから連絡ください』って伝言残していったわよ」


「……なんでわざわざうちを訪ねてまで伝言残してくんだ真尋は」


「あんたがライソとか全く見ないからでしょ」


「……」


 確かに。

 まあなんだ、ライソとかは高校時代から手毬専用連絡アプリと化していたもんな。そりゃ習慣など身につくわけもワキ毛もないし、依存することもあり得ない。


 しかし、酒の席での記憶に残っていない間違いがあってからというもの、真尋がグイグイ来る。どうせなら高校時代に、さらに欲張るなら橋爪と付き合い出す前にそうなってほしかったもんだが、人生ってうまくいかない。

 もう俺の中では、吉川真尋という存在はクラスタ破損した青春というメモリーに保存されている過去であり、今さら恋愛とかそういう対象として見るべき相手でもないのに。


「お母さま」


「何よ、突然かしこまって気持ち悪いわね」


 俺が一言多い性格になったのは、絶対オカンの影響だと思う。まあ聞きたいことがあるので下手に出るしかない、我慢だ我慢。


「世の中には、なぜゆえに『想う人には想われず、想わぬ人に想われて』という事態が発生するんでしょうか」


「思ったよりまじめな質問でちょっとびっくりよ」


「濁さないでくれ……ああ、なるほど、無駄に人生経験の多いオカンでもそれは分からないということでよろしいか」


「アンタのその人をイラっとさせる会話術は誰に影響されたのかしら」


「製造物責任法というものが世の中にはありましてですね」


「はぁ……まあいいわ。それについては私もはっきりした答えを持ってはいないけど、おそらく下心の有無ね」


「……下心?」


 オカンから思ったよりまじめな答えが返ってきて息子もびっくりだよ。反射勃起しちゃいそうだ。


「そ。こういっちゃなんだけど、男ってどうしても好意を抱く女性には下心満載で接していくじゃない?」


「まあそれは仕方ないんじゃないの。まず男は自分を意識してもらうことから始めないとならないわけだし」


「確かに一理あるけど、必要以上に下心があふれてると女は警戒するでしょ。それが許容されるのは、『こいつとならセックスしてもいい』と思わせる男性だけよ」


「はあ、『イケメンからだと愛の誘惑、チー牛からだとセクハラ』っていう例の量産型女の思考回路基準だな」


「それはふつうそうよ、無理やり襲われたら女性は抵抗なんかできないんだから」


「それはわかるけどさ」


「ま、でも今の男はいろいろ大変よね、何でもかんでも騒がれちゃうんだもの。本当に糾弾されなきゃならない男はほかにたくさんいるはずなのに」


「御意」


 おお、オカンが何だかそれらしいことを言っている。ま、そのなれの果てが少子化になるのは致し方あるまい。


「話が脱線したわね。ま、だからこそ女は、下心の感じられない男性に対して警戒も緩いのよ。そして、接する機会が多いとそれなりに情もわいてくる」


「徐々に好きになるっていう?」


「これ結構バカにできないのよ、過去にひどい目に遭った女なら特にね。少なくとも下心に嫌悪感を抱いたらマイナススタートだけど、下心が感じられない男のやさしさを受けたら『この人紳士だ!』ってプラスから始まるんだから」


「おお、納得できる。そしてたいていの男は、下心がない女性相手でも邪険には扱わないか。もともと嫌いだとかならともかく」


「でしょ。でも、男がしょせん下心を見せない女ってのは、その相手を何とも思ってないってことともいえるわけで」


「フォーリン腑!!」


 つまり、下心を露骨にしてなかったせいで、最近真尋の好感度が上がってた感があるのか!!


 その通りかもしれない。真尋の存在は確かにわりとどうでもよかったし。


 うーむ、下心満載で好きな相手に接すると警戒され、逆に下心を見せずに好きでもない相手に接すると警戒されないから好感度が上がる一方か。そういう意味では恋愛ゲームって割と現実に則しているのかもしれぬ。


 …………



 ということはつまり。

 今の俺が、真尋に対して下心を特に持たずに接しているせいで真尋の好感度が上がったとするなら、その逆も可能だよな。


 正直、一時期好きだった相手ではあるけど、今さらだ。あまりうれしくない俺がいる。

 真尋に振られたころから比べれば、俺は確かに変わったのかもしれない。少林寺拳法のおかげで少し体力はついたし、いちおう難関大学にも合格している。

 だが、変わろうとしたのは確かだけど、肝心の自分自身が変わった意識が俺にはないんだ。良くも悪くもカースト底辺だったあの頃のまま。


 それなのにいまさら真尋がグイグイ来るって、やっぱり違和感だけが残るよな。真尋の男を見る目なさすぎだろ。



 ―・―・―・―・―・―・―



「真尋……話がある」


 というわけで、俺は真尋の家まで行って、今の俺に抱いている幻想を木っ端ミジンコに破壊してやろうと決意した。

 なぜか千尋さんはいない。まあ都合がいいことは間違いないな、千尋さんの前でクズ発言するわけにいかないから。


「な、なにかな?」


 真尋は真尋で、なぜか正座しながら俺の言葉を待っている。


「真尋のことだから、酒の席での過ちを自分の中で正当化するために俺にかまっているだけかもしれんが」


「……え? そ、そんなことないよ?」


「いやあるだろ。真尋みたいに息をするようにモテるモナ女が、過去に振った男に未練など感じることなどないだろうし。そんな都合のいいことは薄い本でしかありえない」


「だ、だからそれは忘れて……」


 ほう、この反応を見る限り、なんだかんだいって真尋にも高校時代のことは黒歴史となっているのかな。というかそれも当然か、橋爪に好き放題されてたわけだしな。


 よかろう。そのことはとりあえず置いておくとして、真尋を幻滅させてやるよ。下心満載の態度でなあ!!


「ま、だけど真尋がそのつもりなら、つきあうとかは置いておいて、幼なじみ以上の仲になりたいとは思う」


「!! ほ、本当に!?」


「ああ。幼なじみ以上の、友達だ。たとえば一緒にセックスして遊ぶような」


「…………ゑ?」


 おお、ポカンと間抜けにも口を開けている真尋など、めったに見られるもんじゃない。そういう意味では貴重かも。


「いいんじゃないか? お互いにセックスして親交を深める。俺は記憶に残ってないが、一回したら十回も百回も変わりないだろ。セックスできるほど仲のいい幼なじみ兼友人という関係は」


 真尋は固まっている。

 まあそりゃそうだ。いくら経験豊富とはいえ、下心をここまで火の玉ストレートばりに露骨に出されることなどそうそうないだろうし。

 さすがにいくら好きな相手でもドン引きするレベルの提案……


「嬉しい!!」


「……へっ?」


 と思ったら、なぜか真尋のパラライズが解けたのち、いきなり抱き着かれて押し倒される。


「ぐえっ」


「優弥なら、セフレでもいいよ。わたしの心次第だもの、優弥なら……」


 そういいつつ、なぜか自分の服をいそいそと脱ぎ始める真尋が、俺の上に陣取っていた。逃げられん。


 ……選択肢、間違えた?




────────────────────



過去に真尋がなんて言ってきたか忘れてんのか優弥は。

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