記憶にないものはノーカンで

 とりあえず、真尋が黙り込んで気まずさが東京インテリアレベルでMAXだったので、苗木さんが返ってくるのを待たずに俺も部屋を後にした。


 まあしかし冷静に考えろ。


 記憶があやふやになるレベルでのーみそがアルコールに侵食されてたのに、さらにそこから勢い余って真尋と性戦士マンボインよろしくオーラロードが開かれることなんてあり得るのか? オーラルバトラーならいざしらず、そんな都合のいい展開になるのはマスターベーションクレジットカードで購入できない薄い本くらいだろ。

 酔ってたら勃たんっつの。


 というわけで俺からは何もしてない。してないはずだ。だから真尋がナニかあったと発言した場合、立派な逆レ。不同意性交罪が成立することになる。


 ……よし、強気で行こう。


 という決意を固め、帰宅。りっぱな朝帰り。


「ちょっと優弥! 連絡もよこさず朝帰りとかどういうこと!?」


「……優弥君、昨日はお楽しみだったの? 真尋はどうしたの?」


 と思った瞬間出鼻をくじかれた。最悪だ、なんで千尋さんがいる。これは自分のお部屋に逃げるがヴィクトリー。戦略的撤退は恥だが役に勃つ。


「強引に飲まされて酔わされて潰れてました。以上」


「ちょちょちょ逃げようとしないでよちゃんと説明してオトコたるもの」


「自分の娘に聞けばいいんじゃねえですかねえ。胸に手を当てて」


「優弥、アンタ真尋ちゃんの胸に手を当てて揉んだの!?」


「ナニヲイッテルノカワカリマセーン」


「なぜ怪しい外人」


「キオクニゴザイマセーン」


 マジで記憶にないんだから勘弁しろください。俺は引きこもり権を行使させてもらう。


「こ、こうしちゃいられないわ! 真尋をいろいろ身体検査しなくちゃ!」


「千尋さんそんなこといちいちしてたんすか!?」


 そのまま俺の言葉など聞かずに千尋さんは自宅へ戻っていった。

 一連の千尋ムーブを確認し終えたオカンが、俺を真正面から見てくる。


「……で、まじめになにかあった?」


 保護者のマジ顔やめて。俺は被害者よ、たぶん。


「知らんがなガチで。無理やり飲まされて意識もーろーどころか自我消失だったんだから。いまだに頭痛いんだぞ」


「二日酔いとはいいご身分よね、ほんと。二十歳前で飲酒すると世間がうるさいから気をつけなさいよ。下手すれば飲み会を主催したサークルが潰れちゃうかも」


「あんなサークルむしろ潰れた方が良いわ」


「まあ、酩酊状態ならば間違いも起きないか……男の人って、ガチ酔いすると勃たなくなるもんね」


「……なんでそれを知っているマイマザーよ。まさか以前に狙った男を酔わせて既成事実を作ろうとしたら酔いが回りすぎて失敗した、なんていう経験があったりするんか?」


「……」


 そこでオカンのにらむような視線が俺から離れた。目は口ほどに物を言う、ってか。


「まあ、記憶にないことは捏造しようがないんで。千尋さんも真尋に聞いたところで詳細は分からないでしょ」


「いやでもあんた、真尋ちゃんがあることないこと大げさに誇張したらどうするの? 責任とれる?」


「なんでそうなる。というか真尋がわざわざ『俺と一線超えました!』なんて宣言すると思うの? 俺は過去にこっぴどく振られてるんだよ?」


「過去の評価と今の評価を一緒くたに考えられるわけないでしょう。今の真尋ちゃんは少なくともあんたのことを『かなり良い男』と思ってるはずよ」


「……は?」


 青天の霹靂へきれき。これ使うの今日で二回目だが、今回は誤変換しなかったなウインドウズよ。少しは学習したか。関係ないけど、『霹靂』って『薔薇』とか『憂鬱』とかよりも、漢字を書ける人間の絶対数は少ないと思う。


「冷静に考えてみなさい。優弥に、小さいころすっごく冴えなくて、バカにしていた女の子の幼なじみがいたとしてね」


「俺の幼なじみは真尋しかいないんだが」


「優弥の悪い癖よね、他人の話の腰を折るの。いいから最後まで聞きなさいよ。で、その幼なじみとしばらく会ってなくて、5年後くらいに再会したとしましょう。するとその幼なじみはすごい巨乳のボンキュッボンになっていて顔もとても美しくなっていた。アンタ、感動しない? 好きになったりしない?」


「……」


「人間なんて、簡単に手の平を返すものなのよ。人を馬鹿にするっていう事は、その人の『今』しか見てないの。だけどね、そうやって手のひらを返させたってことは、そうさせた人の勝ちよ。努力した結果なのよ。それは誇りなさい」


 珍しくオカンが俺をほめている。天変地井武男の前触れか。


「というか、手のひら返すってことは、単に見る目がないだけでは」


「まあそうよね、いい意味でも悪い意味でも今しか見ない人がたくさんいるわ。だからこそとんでもないパートナーにつかまっちゃったりするのよね」


「オカンみたいに?」


 殴られた。


「そうかもしれないけど、改めて言われるとむかつくわ。恋ってのは衝動だもの、恋する上で石橋を叩いて渡る人なんて、過去に痛い目に遭った人間だけ」


「……」


「だからこそ、今の優弥は、真尋ちゃんから見れば優良物件に見えると思うのよね」


 いやいや石橋たたいてねえだろ真尋は。もともとあいつに男を見る目なんてないのに。不良物件扱いだったものが、三年そこらで優良物件になるなんて誰が思う。しかも物理的に距離を取ってたわけでもないっつーのに。

 だいいちもし俺が真尋にとって優良物件たるものであるとするならば、それこそ真尋の男を見る目など壊滅的だという証明に他ならないぞ。


 なんてったって、俺は永遠のヒョロガリなんだから。簡単にトラウマが消えるわけがない。恋愛人生は、一生ハードモードと諦めてる。


 俺はオカンに対して特に反論もせず、そのまま部屋へと戻った。なんかむなしいが、記憶にない事柄はノーカンでいいやもう。



 ちなみに、この日を境に手毬とは疎遠になり、その代わりになぜか真尋が我が家にやってくる頻度が増えた。


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