酒のチカラは予想外

「なんでもう潰れてんだよおい手毬!!」


 会場に入ってすぐ、余計な心配ごとなど頭からすっ飛んだ。

 当然ながら手毬がハキハキと答えられるわけもない。代わりに心配そうにそばで監視役らしきものをしていた苗木さんが答えてくれた。


「あ、あのね、いろんな人から『成人おめでとう!』って酒を注がれて、断るに断れずハイペースで飲んでいたらあっさりと……」


「立派なアルハラじゃねえか。苗木さんも止めてくれよ」


「ごめん……」


 手毬の頭の中に酒を断るという選択肢はなかったのか。

 まあ善意を拒否するのは難しいとしても、おそらく周りの人間の心の中で『純粋に手毬の成人を祝っている』という善意の占める割合は、おそらく10%もないだろこれ。

 面白がってんのか、それともつぶしてお持ち帰りを企んでるのか……あ、向こう側にいる吉崎さんが悪い笑顔になっている。間違いなく後者のほうだわ。


「カッッッッッッ!!」


「うわ、まるで共食いするハムスターのような眼」


「……なんか言った?」


「いえなんにも」


 案の定、吉崎さんに牽制された。手毬という獲物を横取りするな、ということだろうか。

 でもまあ手毬を個室に連れていかれなければどうとでもなるし、宴は始まったばかりなのでまだ慌てるような時間じゃないことは確かだ。


「……ところでキミ、初めて見る顔だけど、誰?」


 おっと。

 さすがに誰とも面識がない俺だ、どこかの知らないイケメンにツッコまれるのも致し方なかろう。だが俺は備えあれば憂いなしの男、こんな時のために言い訳を考えてきてあ……


「あ、あの! わ、わたしのカレ、です。わたしが飲み会に参加するって聞いてちょっと不安そうにしてたので、なら一緒にと……」


「なんだとぉぉぉぉ!?」


「ふがっ」


 おいこら真尋、余計なこと言うな!

 第一ダレがカレだ、ダレノガレだ。明美も俺も質問してきた男もびっくりすんだろ。


「え、え!? 真尋ちゃん彼氏いたの!? 嘘だ、嘘だあああああ!! ついこの前まで『彼氏はいない』って言ってたのに!! のに!! あああああ!!」


 ほーら、こんなふうに……こんな、ふうに……?


「……苗木さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、ひょっとしてこの絶望の叫び声をあげてる質問男ってさ……」


「うん、真尋さんに必死でアピってた人だよ」


「あー……」


 ノックもなしに飛び込んできた悲報に打ちひしがれつつ慟哭する男を憐れみのこもった目で見つつ、まーいーやと思い直した。これで一応真尋に関する問題は解決したわけなので。

 おかげであとは手毬の動向を見張ることに全力投球できる。


 と安堵したのもつかの間。

 真尋に彼氏がいると知って絶望のどん底にいたはずの男が、立ち上がるやいなやいきなり俺の口にチャミスルの瓶を突っ込んできた。


「むぐっ!?」


「許さん! 真尋ちゃんの彼氏など存在自体許さん! せめて潰れて帰れ!! もうやったのか!? やったんだよなぁ!? あんな美人の彼女、付き合い始めて二分でアハンだよなあ!? それどころか穴という穴を制覇したんだろうああん!?」


「むぐががが」


「俺の見立てじゃ真尋ちゃんは穢れを知らぬまっさらな処女だ!! そんな彼女の前も後ろも上の口も制覇して自分の遺伝子にまみれさせたお前は俺の中で消すリスト筆頭だ喜べ! たとえお前らの間に真実の愛があったとしても俺は認めないからなああああ!!」


「ばんべんががらごればぼべばばっだぼぼばばいべず、ばびびびばびぼばぼぼばばいび」


「のろけられても何言ってるかわかんねえよ! おい、次の酒もってこい!!」


 間違いなく俺の言いたいことは男に通じてない。というか俺二十歳未満でまだ酒飲めないんだけどどーすんのこれ。


 実は意外と真尋は人気があったらしく、この男を支援するかのように次々と酒が運び込まれ、俺はさんざん無理やり飲まされた。

 手が出るよりも前に息苦しくて……あ、世界が回る……手毬の言ったことは本当だった……だが、まだ俺は倒れるわけにいかない……


 吉崎さんの魔の手から、手毬、を……



 …………


 ……



 チュンチュン。


「……ん?」


 人生で一度も経験したことのないひどい頭痛とセットで、俺は目が覚めた。記憶が飛んでいる。もう酒なんて飲まないなんて言いたいよ絶対。

 そして目を開けて真っ先に飛び込んできたのは見知らぬ天井。少なくとも、シミの数まですべてを把握している見慣れた天井ではない。


「どこだ? ここ……」


 思わずつぶやきが出てしまい、現状確認のために右側を見てみた。


「!?!?!?!?」


 叫び声が出そうになったところを慌てて抑える。

 なぜか右側で気分悪そうに寝息を立ててるのは、服を着ていない佐久間手毬、その人。


 なんじゃこりゃあ!! と、ユーサク張りの心の叫びを脳内でとどめて、次は反対側の左を確認してみる。


「ん……」


「fhどwhふぉうぇfr3うfろfgvれkふじk」


 今度はさすがに声を抑えられなかった。左側にはこれまた服を着ていない真尋がいるよ!! 予想外すぎんだろ!!


 思わずガバッと起き上がってかけられているシーツをめくり、おそるおそる中を確認した。


 …………


 俺も、服着てないじゃん!!

 ボクパンという最後の砦はかろうじて装着してるにせよ、ほぼ裸だよ!!

 手毬と真尋においてはマッパだよマッパ!!


 一気に酔いは醒めたが、頭痛はむしろひどくなった気がする。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る