ついてく、ついてく……

「ただいま……あれ? 優弥君?」


 そんなこんなのうちに、千尋さんが仕事を終えて帰宅してきた。いつのまにかもうそんな時間か。


「おかえりなさい、お母さん」


「お邪魔してます」


「あらあら、優弥君ならこのまま泊まってくれてっても全く問題ないんだけど。というか久しぶりね、優弥君がうちに来るのって。どうかしたのかしら?」


 なんとなく機嫌がよさそうに見える千尋さんである。職場で何かいいことでもあったんかな。

 そんな千尋さんなら、多少無礼な質問をしても許されそうだ。


「あの、千尋さん。ちょっとお伺いしたいんですけど」


「ハイハイいいわよ何かしら。今現在、真尋の彼氏の有無とか?」


「それはどうでもいいんですけど、千尋さんが初めてお酒を飲んだ時のこと覚えてます?」


「……え?」


 要領を得ない質問だったのだろうか、一瞬千尋さんが固まった。


「まあ、早い話が飲んだ最初から自分のアルコール限界量など把握できましたか、ということを聞きたかったんですが」


「ああ、なるほどそういうこと……まあそれはそうよね。でもひとくちお酒を飲んじゃうとなんだか気分がよくなって、勧められるがままに飲んだあげく潰れた記憶はあるわ」


「よく無事でしたね」


「……」


 千尋さんのその沈黙、すごく気まずいんですけど。無事じゃなかったんかな。

 まあそういうことで、初めての飲み会は危険がいっぱいだと真尋に分かってもらえたと思う。


「今ので理解したか、真尋。手毬と二人で、お互いを見張りながら飲めよ」


「え、だからそれは優弥が一緒じゃ……だめなの?」


「俺は部外者だっていうのにそんなに参加させたいのか。手毬も望んじゃいないだろうに」


「そんなことないって、お願いだからわたしの彼氏ということで参加してよ……部外者だってわからないと思うし、絶対大丈夫だから」


 そうまでしてお酒をガブガブ飲みたいのね、真尋は。

 しかし千尋さんが、なぜか必死になってる自分の娘の戯言を聞き逃すはずもなく。


「ああなるほど、それは名案ね! はじめてのお酒でも真尋も安心できるだろうし、酒の席で羽目を外してハメまくりとかは母親として絶対に許せないけど、優弥君相手ならそうなっても文句はないわよ」


「千尋さん、起きながら寝言を言うとかどんな斬新な設定ですか。そんなん真尋はじめ誰も得しませんよ、苦行でしかない」


「え、だ、だからわたしは別にいやとか……」


「と言うか、参加するにしても別に彼氏役しなくてもいいんじゃね?」


「それじゃ虫よけにならないじゃないの」


 何、この三者三様かみ合わないやり取りは。

 本物のカッポーなんかになれるわけないっつの。真実の愛ってもんを探しだせた真尋と俺を一緒の世界の住人だと思わないでほしいわ。



 ―・―・―・―・―・―・―



 結局、なぜか押し切られて真尋といっしょに紛れ込む羽目になった。どうにも千尋さんにお願いされると弱い。

 ちなみに彼氏役はあれ以降も丁重にお断りした。こんなことで変な噂立てられてもイヤだし、真尋狙いの男に刺されたらもっとイヤだもの。


 あと、吉崎先輩の件についても、ちゃんと手毬に警告はした。が、返された言葉は『優弥の時に失敗したから、あたしは自分の目で見て感じたことしか信じないよ』とむやみやたらに漢らしいそれであった。

 それ以上なんと言っていいかわからず、忠告はそれっきりで終了である。


 そうして飲み会当日がやってきた。

 待ち合わせ時間の待ち合わせ場所に真尋が来ない。俺を強引に巻き込んでおきながら自分が遅刻するとはいいツラの皮してんな真尋のやつ。

 ひょっとして、ドッキリで俺をだまくらかして待ちぼうけさせてるんじゃないか、それを陰で笑ってるんじゃないか、と思わず想像してしまう。底辺の思考回路ってのはなかなか抜けないもんだ。


「……帰るか」


 すでに待ち合わせ時刻から十五分過ぎた。元々気乗りしなかった参加のせいか、見切りをつけるのに躊躇はないぞ……


「本当にごめんなさい、遅れて」


 ……と思ったら、息を切らしながらようやく真尋登場。今日の衣装は、初めて目にする胸元のあいたオフホワイトワンピに青ベースのボレロの組み合わせだ。まつげもメイクもいつもよりしっかりはっきり。


「……まあいい。早く行こうぜ」


「あ、う、うん」


 なんか知らんが真尋の準備が気合い入ってる気がする。飲み会に参加する女子ってこれほどまでに気合い入れてセックスアピールするもんなの? たかだか酒飲むだけなのに。

 だからいいようにやられちゃうんだよな。酒の勢いで言い寄られても困るとか本気で思ってるんだったら、そこまでオトコ受けするような格好しなくてもいいだろうが。もういっそ一番オトコ受けする全裸という格好で参加しろ、とも思える。


 そんなくだらないことで無駄に憤ってたせいで、真尋のオサレをほめるという必須行動はすっかり頭からすっ飛んでいた。というわけであわてて無難なところをほめてみる。


「いいな、その靴下」


「え? あ、ありがと」


 全裸よりもソックスのみ身に着けるとかのほうがビンビン来るという性癖もあるくらい、ソックスは偉大だ。そう考えると人魚ってかわいそうだな。セックスもソックスも無理だもの。


 以後沈黙に包まれながら、乱痴気会場へ向かうために不満げな真尋と並んで歩いていたのだが。

 いざ会場について中をチラ見してみると。


「あははぁ……それでも地球は回ってるぅ……」


 もうすでに手毬は陸に打ち上げられた人魚のようにぐでーんとしていた。

 アホ手毬、早すぎんだろつぶれるのが。苗木さんが心配そうにしてんぞ。

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