ひゅるりらだと春の季語、ひゅるりららだと冬の季語

 東北に春風が吹き始めるころ、TH大学の入学式は始まる。

 まあつまり俺も大学二年になったってことだ。


 ちなみに、大学一年はあの後、とくに何もなかった。

 ま、あれだけひどい目に遭ってりゃ、もう女なんてこりごりとなりそうだったことは認める。


 しかし、凸があれば凹があるように、男には女が必要なのだ、という気持ちは変わっていない。むろん生身のそれにはこだわらなくてもいいとしても。


 ま、現実は。


「優弥、ごめーん!」


「遅いぞ手毬、このままじゃ時間ギリギリだな」


「しょうがないでしょ、女にはいろいろあるんだから」


 今年は無事に大学へ引っかかった手毬が、メイクした顔を自慢気にさらしながらやってくる。正直、模試の結果などを見る限り今年もダメなんじゃね、と俺は思ったのだが、運がよかったのかそれとも本番に強いタイプなのか。


「というかな」


「ん?」


「手毬は俺のことをこれから『せーんぱい』と呼ばなければならないんだぞ」


「ぐっ……」


 ま、手毬が同じ大学に来たということは、ここで高校時代の貸しを返してもらう絶好の機会だ。


「不満そうだな? だが、『えっちなこと以外何でもする』と宣言したのは手毬本人だぞ、まさか自分から申し出たことを反古ほごにしたりしないよなあ?」


「あんた、仮にも友人に『先輩』呼びさせるのがいかがわしくないとでも思ってるの?」


「そこは『先輩』じゃなくて『せーんぱい』な。いいか、後輩女子たるもの、『先輩』と『せんぱーい』と『せーんぱい』を使い分けなきゃならんのだぞ」


「なによそれ」


「ちなみに、甘えたりおねだりしたりするときが『せーんぱい』だ」


「初めて聞いたわ……じゃあ、優弥せーんぱい。全力で殴ってもいい?」


「はっはっは、ただでさえ一年の浪人生活で運動不足の身体のくせに何を言う。いきなり全力で殴ろうとしたなら、足どころか全身の筋肉がつるぞ」


「あんた本当に人の神経逆なでするのだけは相変わらず得意よね……でも確かに運動不足なのは間違いないのよ。お母さんが通ってる『ポルドブラ』にでも、一緒に行こうかな」


「ポルポト派?」


「あんたは運動不足解消するためにカンボジアの民衆を粛清するつもりなの?」


「ただの空耳だ」


「全然似てないでしょ」


 ちなみにポルドブラってのは、おおざっぱに言うとバレエを基にしたエクササイズである。でもポルドブラって、手毬みたいな若い女子がやるようなものでもないような気がしないでもない。おまけにマイナー過ぎ。


「しかし、このあたりにもポルドブラとかやってるところあるんだな」


「いちおう講師も本格的な人よ。大通りにある『クメール・ルージュ』ってダンススタジオ借りて開催してるんだけど」


「やっぱりポルポト派じゃねーか!!」


「いちおう日本人しかいないはずよ?」


 日本に亡命してきたとかの線はないんだろうか、などと思いつつ。

 ひとつ、気になったことを話題転換も兼ねて手毬に尋ねてみる。


「そういえば、苗木さんはどうしたんだろう」


 あの騒動後、苗木さんはなんとか退学を思いとどまって、休学という道を選んだ。


 手毬はなぜか休学中の苗木さんの様子も逐一知っているようで、わりと早く問題が解決したおかげで苗木さんも手毬の入学と同時に復学するらしい、と聞いた覚えがある。

 ま、俺とはもう学年が違ってしまっているから、大学で顔を合わせる機会は以前より減ることは間違いないわな。


「ああ、紗羅は入学式には出ないからね、あとで落ち合うことになってる」


「もうすっかり親友だな」


「……それはどうだかわからないけど、でも真尋も交えて三人で会うことも多かったから、まあ多少はね」


 いつのまにか真尋も交えて仲良くなっている、と知らされた時にはびっくりしたもんだ。


 しかーし。

 冷静に考えれば、いくらこいつらが仲良くなろうと、俺には無関係なのである。実際話す相手は手毬くらいなもんだし。

 真尋は真尋で最近はサークルに精を出してると聞いた。物理的に精を出すほうのサークルでないことだけを願いたいもんだが、まあ本人が楽しいならば俺が関与することではない。


 …………


 なんだろう、俺やっぱりぼっちじゃねえか。むなしい。


 久しぶりに、西田に連絡でも取ってみようかな。なんかホストクラブのナンバーツーまでのし上がったとは聞いたが、全然会ってないし。

 借金返せたのはいいとして、またギャンブル依存症が再発してたりしてな。

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