全力で応援するぞ!

「もう、体は大丈夫?」


 あらためて裏庭で向かい合う苗木さんは、何かを吹っ切ったような表情になっている。つまり、腹は決まったということだろう。

 ならば俺が心配するのはフィジカル面のみでいい。


「あ、うん……いろいろ、迷惑かけて、ごめんね」


「もういまさらだから、気にしなくてもいいよ。で、苗木さんはこれからどうするつもりなの?」


「えと……心機一転、頑張ってみようかなって。だから、大学を退学して働くつもり。もともともう前期の単位は絶望的だし」


「そっか」


 なるほど。

 つまり、借金抱えた西田を支えるために、自分も働いて少しでも返済の足しにしようというつもりなんだな、苗木さんは。

 しかしそれでも大学を退学しなくてもいいような気がする。


「で、肝心の西田は、今後どうするつもり?」


「さ、さあ……よくわからないけど、ちゃんとまっとうに働いて借金を返す、っては言ってたよ。少しは心を入れ替えたみたい」


「……あいつも、大学には来るつもりないのかな」


「どうだろう……でも、大学どころじゃないような気がするけど」


 なぜか苗木さんの言い方は、他人事のように聞こえる。

 大学どころじゃないとは、あいついったいいくら借金を抱えてるんだろう。このままだとそのうち腎臓とか売る羽目になりそうだが。


 でも俺は分かってるよ。だからこそ、苗木さんは西田を見捨てられないよね。さすがに理解した、ダメ男に尽くすことこそ苗木さんの幸せだということを。


 これも純愛だよな、きっと。素晴らしい!


 手毬と真尋にも聞かせてやりたい。やっぱり別れるつもりないぞこの二人は。

 というわけで、心の中で勝利宣言をしておこう。


 うーん……でもなあ、こいつらせっかく一流といって差し支えない大学に入学したというのに半年も経たないうちに退学とか、さすがに見切り早すぎんだろ。

 だいいち働いて借金返すとか言っても、ここで辞めたら高卒と同じだ。四大卒ってだけで初任給に違いが出るこの世の中、しかも就職活動もまともにできる時間的余裕もなしに、まっとうで給料のいい職場を見つけられるとは思えない。


 追いつめられた末に、苗木さんがフーゾクなんかで働き始めたら、あの父上も悲しむだろう。


 というわけで、説得開始。


「……あのさ、別に大学辞めなくてもいいんじゃないの?」


「……え?」


「せっかく難関といわれる大学に入学したんだからさ。がっつり働いてお金を貯めたいのであれば、休学して借金を返せるめどが立ったら復学とかすればいいんじゃない?」


「え、あ、あの……」


「西田がいくら借金抱えてるか知らんけどさ。それでも、西田一人だけじゃどうしようもないことだって、二人でまじめに頑張っていけばきっと一年くらいで何とかできると思うんだ」


「い、いや、ちょっとまって。わたしはもう……」


「もう、なんて言わないでやれるだけ頑張ってみようよ。学歴はあって困るもんじゃないし、少しでも未来に対する希望が残せるようにさ。もちろん、苗木さんの気持ちはよーくわかってる。見た目、あんなにダメそうな西田だけど、少なくとも苗木さんが選んだ男だもんな。きっとダメじゃない、いいところもたくさんあるはずだから」


「……」


「俺も、心を入れ替えた西田ならきっと苗木さんを幸せにできると信じてる。フラれはしたけど、苗木さんはこの大学で俺が最初に仲良くなった友人だし、西田だってそうだ。二人がそういう決断したなら、信じてやらなきゃな、友人として」


「……」


「そして、二人で幸せになれそう、とめどが立ったら、また二人で一緒に大学に復学すればいいじゃない。長い人生、少しくらい寄り道回り道したってなんてことないし」


 なんでだろう。俺が説得を始めたら、さっきまで吹っ切れていたような苗木さんの表情がみるみるうちに暗く変わっていってる気がする。そんなに不安なのかな。

 よし、もう一押しだ。


「考え込まなくても大丈夫だと思うよ。その愛っていうものをつらぬきとおせば、必ず最後に勝てるはずだから。お金じゃ買えない愛ってものを、苗木さんと西田は最初から持ってる。そして同じようにお金じゃ買えない学歴を味方にすれば、少しくらい底辺スタートしたってすぐに成り上がっていけるよ。俺からしてみればうらやましいかな、苗木さんと西田の間に存在する愛ってやつがさ。俺がどうあがいても手に入れられなかったものだから」


「あ……あ……」


「だから、それを信じて、突き進んで! 俺は応援だけしかできないけど、全力で応援することを約束するから!!」


 人の恋路を邪魔するやつはウマに蹴られる、っていうのがこの世の習わしだ。

 この説得を最後に、二人のために俺があれこれ口出しするのはもうやめよう。友人として温かく見守ることだけが、俺に許されることだ。


 考えがまとまらないのだろうか、苗木さんはプルプル震えたまま立ちすくんでる。

 だが、残念ながらもうすぐ講義が始まる時間だ。のんびりしてはいられない。


「ま、そろそろ講義が始まっちゃうから、このあたりで。というわけで苗木さん、安易に退学なんてしないでね! じゃあ!」


 最初に出席をとる講義は遅刻厳禁。単位を落としたくない俺は、そのまま苗木さんと別れた。


 大事なことだから、苗木さんにはよーく考えてほしい。


 というわけで、歩きスマホで手毬にメッセージおくっとこ。


『やっぱり、あの二人は別れないみたいだぞ。お互いに支え合っていくいばらの道を選んだようだ』


『うそ!?』


 即レス。


『ふふん、俺のほうがあいつらのことをわかっている、ってだけだ。なんてったって、友人だからな』

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