いいやつなのに(手毬視点)
優弥が逃げた。バレバレ。
つまり逃げたくなるような何かがあるということ。
優弥が見てるエロ本というものがどんなものなのか少し興味はあるけれど、まあそれはそれとして。
「……大丈夫なの、えーと……あなたは?」
見るからに暴力を振るわれたであろう、痛々しい顔の彼女に真尋が話しかけるも、名前を知らないようだ。
真尋は初対面の、優弥の友人ということね。
やっぱり、大学の──かな。
でも優弥は仲良くしている女子、一人しかいないって言ってなかったっけ。そう、この前告白して見事に成就した、例の彼女。
「あ、す、すみません。苗木……紗羅といいます。中西くんとは同じ学部で」
ちょっと戸惑い気味に彼女──苗木さんは軽く会釈をして、そう自己紹介した。だが、真尋のいぶかしげな視線は相変わらずだ。
それもそうだろう、一番肝心な理由を真尋も──あたしも知らないのだから。
「で、なんで苗木さんは、そんな痛々しい顔をしてここにいるの? この痣、跡は残らないかもしれないけど、誰かに殴られないとできないようなものよ?」
真尋のお母さん、千尋さんが切り込み隊長役を買って出てくれた。
だが、肝心の苗木さんはそれに答えようとしない。代わりに答えてくれたのは、おそらく事情を聞かされていたであろう、優弥のお母さんだった。
「千尋、あなたはちょっと抑えて。なんでも……同居している彼氏に暴力を振るわれたみたいで。それを見た優弥が助け出した、って」
「はぁ!?」
「なんですって!?」
「ええっ!?」
あたしも真尋のお母さんも、そして真尋も。思わず、といった感じで一斉に声をあげてしまう。
か弱い女性に暴力をふるうなんて、どんな理由があるにせよなんというクズな男だ。
だけど……同居、ねえ。つまり、同棲している、ということなんだろうけど、まだ大学始まって半年も経ってないよね?
大学生ってすごいなあ。あたしが言うのもなんだけど。
……って、それはどうでもいいことね。
それから、優弥のお母さんは苗木さんの代わりにいろいろ詳しく説明してくれた。
苗木さんも、同居している苗木さんの彼氏も、同じ学部で仲が良くて。
苗木さんたちは早々にくっついて同棲を始めたらしいけど、最近大学にきてなかったとのこと。
それをいぶかしんだ優弥が久しぶりに様子を見に行ってみると、彼氏がギャンブルで作ってしまった借金を肩代わりできなくて理不尽に殴られてる苗木さんがいたから、見ていられなくなって保護した、という顛末らしい。
そこにいる優弥以外の四人はみな憤って、やれ警察に行けだの逮捕してもらえだの大騒ぎになったが、肝心の苗木さんがおおごとにしたくないというので、その件はひとまず棚上げになった。
「それにしても……その彼氏は、ひどい男過ぎない? 最初からそんな感じだったの?」
真尋のお母さんが、やるせない気持ちを乗せてそう苗木さんに訊いた。
だが、苗木さんは首を横に振る。
「い、いいえ……どこか頼りなくてほっとけないところはありましたけど、明るくていい人に思えたんです。中西くんとわたしとカレ、学籍番号が近かったから入学式からよく話してて……わたしも二人にお弁当とか作ってあげたりもしてましたし、決して暴力的な人では……」
「ああ……優弥が『弁当もらった。嬉しい』とか言ってたの、あなたが作ってくれたからなのね。私が作らなきゃならないのに……ありがとうね」
「は、はい……」
あらららら?
おかしいな、なんかあたしが聞いてた、優弥の彼女の行動とまるかぶりなんですけど? どういうことなの?
ちなみにそこで真尋がショックを受けたような顔になっているのは、まあ言うまでもないけど。
ひょっとすると、優弥はこの苗木さんを『彼女』だってうそついて、あたしや周りに自慢してた、ってことなのかな?
…………
いや、ちょっと待って。
優弥はそんなつまらない嘘つくようなバカ男じゃない、よね、きっと。
何かしら事情があってすぐに苗木さんと別れて、そのあとに苗木さんが今カレとくっついた、ってほうがむしろ納得できる。
だから、思わず言っちゃった。
「ひどい今カレだね。もし優弥と付き合ってたら、苗木さんもきっとこんな目に遭わなかったのにね!」
ごめんね苗木さん、カマかけしちゃって。
でも、あたしがそう言った後にビクッとしてうつむいちゃった苗木さんの様子を見るに、やっぱりあたしの推測は的外れでもないみたい。
「部屋! 部屋片づけたから、苗木さん、こっちで休んで! 軽い手当もするから!」
そこで、マッハでエロ本を片付けたであろう優弥が、二階の階段の奥から慌てたように大声を出して苗木さんを避難させようとしてきた。一回来たことあるからわかるけど、優弥の部屋は二階。
明らかにあたしや真尋と苗木さんをかかわらせたくなさそうな優弥の態度も、ちょっとだけ笑える。
ま、嘘はついてない、って信じていいよね。たぶん。
「あ、こ、こっちだよ、苗木……さん」
優弥の部屋で二人きりにさせてなるものか、といわんばかりに、真尋が先導して苗木さんを優弥の部屋へ案内する。
おずおずとしながらも、苗木さんはそのあとをついていったのだが。
さらにそのあと、あたしもついていく。
(なんで、そんなダメ男じゃなくて優弥を選ばなかったの?
そして、ちょっとした怒りとちょっとした安堵を感じながら、誰にも聞こえないように小声で、苗木さんへとそうつぶやいた。
わずかに唇をかんだだけで、苗木さんは答えてくれない。
ま、あたしが出る幕じゃない──んだろうけどね。優弥の友人としてそのくらいは言わせて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます