結局つきあってないと言ってなかったのでさらにこじれる

 俺は仕方なしに、フルボッコちゃんを襲名したばかりの苗木さんを連れ、自宅まで戻った。

 展開についてこれなくて狼狽する苗木さんを自宅まで連れ込む……もとい、自宅で保護することはさほど難しくなかったが。


「……ちょっと、優弥」


 タイミングが悪いことに、なぜかオカンが帰宅していた。

 こんなことなら連絡するなりなんなり、先手を打っておくべきだったよ。ボロボロな苗木さんの顔を見て、般若のような表情になっておる。


「彼女さんを連れてきたのはいいとして……どうしたのよその痣は。自分の彼女にそんなことをさせるために、なけなしのお金を出してまで拳法の道場に通わせたわけじゃないわよ?」


「そこ、ちゃう! そこそこ、ちゃう! 俺は何もやってない! イノセントだ、濡れ衣だ!! 保護しただけだってば!!」


 苗木さんを連れているときも道行く人の視線が痛くて、通報されないかとびくびくしていたというのに。実の親にすらも信用されてないのかと思ったら悲しくなったが。


「……まあ、そうよね。わが子を女子供に暴力をふるうようなクズに育てた覚えはないもの。じゃ、説明なさいな」


 ほっ。

 一気に表情が優しくなったオカンに安堵。この怒りっぷりからして、マイオカンはまさかクズオヤジに苗木さんと同じようなことをされてた可能性……


 ……ま、いまは説明に全力を注ごう。



 ―・―・―・―・―・―・―



「……というわけで、苗木さんが大学の同期の男にひどい目に遭わされていたから保護のために連れてきた、というだけの話。俺も詳しい事情を把握してないので、何とも言えんけど」


 苗木さんが以前の『彼女できた騒動』の相手だとはあえて告げずに。

 俺が見聞きした情報を説明している最中、オカンはずっと腕を組んで無言だった。眉間にしわが寄っているのが上杉景勝っぽくて恐ろしい。

 いっぽう、苗木さんはさすがに借りてきた猫であった。


「……まあだいたいわかったわ。まさか本人を目の前にして嘘は言わないでしょうし。ところで」


「なに?」


「わざわざ、そのアパートからそれなりに距離のある我が家まで、優弥が苗木さんを連れてきた理由は?」


「さすがにそこらへんで事情を聴くわけにいかんでしょ。落ち着かないし」


「そこに下心はあるんか?」


「なんで突然大地〇央さんになってんのよ」


「あんたのかーちゃん泣いてるで」


「いや俺の目の前にいるけど、特に泣いてないかなあー?」


 事態は割とシリアスなのに、くだらんボケで時間を浪費しないでほしい……などと悠長に構えていたら、オカンに特大の爆弾を落とされた。


「だって優弥には、同じ大学に最近できたばかりの彼女いるんでしょ?」


「!!」


「警察に行きづらい、ていうのはわからなくはないけど、もしもその彼女に今日のことがバレたらいい顔はしないと思うわよ」


 やべえ。その勘違いを解かなかったのは結果として大失敗だった、今さらながら。いやバレるもクソもないんだけどさ、離婚したシングルマザーらしい気遣いだよ、ありがたすぎて大迷惑。


「え……そ、そうなの、中西くん?」


「あ、そ、それは……」


 苗木さんも初耳だ、みたいな様子で俺に確認してくる。

 なんだろ、苗木さんに告白したのも最近なのに、舌の根も乾かないうちに新しく彼女を作ったとか思われたら不本意なんだが、どうにも訂正しようがないわこれ。


 はてさて、どうしたものか──などと、俺には珍しく次の一手をどうするか悩んでいたら。


 ガチャッ。

 ドタドタドタ。


 インターホンも鳴らさずに玄関のドアが開かれ、勝手知ったるかのごとく、ずけずけと上がり込んでくる来客がやってきた。約三名ほど。


「ちょっとちょっと!! 優弥君が女子を連れ込んだところを偶然発見しちゃったんだけどどういうこと、不純異性交遊はおねーさんが許しませ……あれ? 紗耶香もいるの?」


「千尋さ……って、おい。真尋はともかく……なんで手毬までここにいる?」


 おねーさんはさすがに盛りすぎだと思うが、ツッコむところはそこじゃない。

 千尋さんの後ろには、なぜか知らんが娘の真尋と、ここにいるとは完全に予想外であった佐久間手毬という人物までが、それぞれ呆れたように突っ立っていた。

 ま、もちろん呆れたのは千尋さんの言動に対してだろうが。


 そこでまずは真尋が言い訳がましく口を開く。


「あ、あの、わたしはママが帰宅するなりいきなり手を引っ張られて、流されるままにここに連れてこられただけで……あと、手毬はたまたまうちに遊びに来てて……」


「おまけの手毬です! お気になさらずどうぞどうぞ!」


「いやだって、優弥君が彼女を連れ込んできたんでしょ!? 優弥君の彼女がどんな人なのかこの目で見るチャンスじゃないの!!」


「千尋さん……」


 俺のプライバシー全否定な千尋さんの行動にドン引きしたのは俺だけなのだろうか。見る限り、手毬は明らかに好奇心が勝っている感じだし、真尋は真尋で申し訳なさそうにしながらも視線は苗木さんをロックオンしている。


 さらにこじれた。これはもう、苗木さんを俺の部屋に引っ込めて隔離するしかなさげかも。どう話しても齟齬そごが出そうで多勢に無勢、戦力差がありすぎる。


 では、戦略的撤退の第一歩から。


「……あー! ちょっと俺の部屋に出しっぱなしにしているエロ本片付けてきまーす! 皆さんは少しの間ここで黙ってててててて!!」


 ……テンパッてたせいで、言葉のチョイスを間違えたかもしれん。こんなこと素直にバラしてどーすんだ俺。


 くっそ、なんでこうなった。



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