いちおう、元友人として
「……来ちまった」
ひとりで漏らすつぶやきはむなしく響く。
結局、俺の知ったこっちゃないとか言いつつも、西田の様子を探るためにアパートまで来てしまった俺、なんという情に篤い男。あ、もちろん自虐な。
どうやらかろうじて引っ越してはいないようだが、実際、会って話をするつもりはない。とりあえず現状どういう状況なのか、確かめたかっただけだ。今の時間にアパートにいるかどうかがわからんけど……
『……ふざけんなよ、おまえ!!』
ガシャーン!
……と、突然、アパート前に立つ俺の耳へとドスの効いた男の叫び声が届いたので一瞬ビクンビクンしてしまった。
しかし今の声、なんだか西田の声に似ているような。
いやな予感がする。間違いない。
というわけで、西田の部屋の様子を、玄関のドア越しにうかがってみた。
『これだけしかねえとかふざけてんのか!! まだ十五万足りねえぞ!!』
『も、もうこれが限界なの』
『うるせえ!! 金がないならいくらでも稼ぐ方法があるだろ!!』
思わずドン引きするレベルの、なんという尋常じゃないやりとり。声から察するに、間違いなく苗木さんと西田の会話だと思う。
不穏な雰囲気に耐えきれず思わずドアノブに手をかけると、鍵がかかってなかったようであっけなく玄関のドアは開く。
すると、二つの視線が俺へと飛んできた。
繰り返し叩かれたのだろうか、あざだらけの顔を左手でかばうようなしぐさの苗木さんと、今まさに追撃をしようと振りかぶっている西田のそれだ。
「中西くん……」
「な、中西……なんでここに」
「何やってんだよ西田!! お前は自分の恋人に手を上げるようなやつだったのか!! パチンカスで借金こさえるようなしょうもないやつとは思ってたけど、そこまで外道だとは俺も思わなかったぞ!!」
予期せぬ来訪者に二人とも固まっている。俺は俺で状況がすぐさま理解できてしまい、思わず反射で叫んでしまった。らしくない。
だが、以前に好きだった女が、以前に友人と思っていた男に暴力を振るわれる様を目の当たりにするのはさすがにきつすぎて、叫ばずにはいられなかった。
「どんな事情があるかは知らんがな、いやどんな事情があるにせよ!
「い、いや、これは、俺たちの問題で……」
「何が『俺たちの問題』だバカ野郎。お前らだけの問題ならば、じゃあおまえが苗木さんを傷つけようが殴ろうが殺そうが問題ないってか? それでおまえは責任取れんのか? 危険日に中出しして責任取る、なんていうレベルとはわけが違うぞ?」
「……」
ここで黙るあたり、西田はすでに苗木さんに
まあ正直、苗木さんに対して残っていたほのかな過去の思いは跡形もなく消え去ったし、俺じゃなく西田を選んだ理不尽に対して思うところがなかったわけじゃないが、だからといって西田に殴られて『ざまぁ』とは思わん。
「というかな、西田。怒鳴り声が外まで余裕で聞こえてきたんだが、そこから察するに、ひょっとしてお前の借金、苗木さんに立て替えさせてねえか? そんなことさせるよりも前に、お前が汗水たらして全額返済するべきだろう。それで足りないから、苗木さんに金を出せ、出さないなら殴る、っておかしくないか?」
「い、いや、それは……」
「ん、待て。それ以前におまえはちゃんと労働してんのか? まさか金を苗木さんに出させて、おまえは相変わらずパチンコ三昧とか言わねえよなあ? 九時になったら目が覚めるとか、行きたくないのになぜか足が向くとかふざけたこと言うなよ?」
「……」
「つーかな、金なんか湯水のように湧き出るわけもないのにギャンブルのためにサラ金に手を出すとか、単なる自殺願望丸出しバカの思考回路じゃねえか。おまえ仮にも、一流といって差し支えない大学に合格してんだろ? そのくせそんなこともわかんねえの? ひょっとすると不正して大学に合格したとかか?」
「……」
「あげく、思い通りにいかないからって、自分のことを想ってくれてる女に手を出すだけじゃなくて手を上げるとか、この世で一番救いようねえと思うぞ。八つ当たりしてねえで、まずは自分の愚かさをかみしめながらまっとうに生きる決意をしろっての。これは友人としての忠告だ、ありがたく……」
「……ああもううるせえよ!!」
神のお告げにも等しい俺の忠告を途中で遮るように、西田がこぶしを俺に向けてきた。
バキッ。
「いてえ!!」
俺の左頬に西田のパンチがヒット。しかし腰が入ってないせいか、倒れるほどのダメージはない。
「
「大事な話の途中で何しやがるこのパチンカスが!!」
ドゴッ!!
「ぐはっ!!」
思わず殴られた反射でパンチを返してしまった。それはヤツの顎にクリーンヒットし、あわれ暴君西田はおおげさに倒れる。
「あ」
やっちまった。が、正当防衛ということでよろしく。いやー、人生で初めて少林寺が役に立ったかもしれん。やっててよかったオギノ式。
つか、西田が白目むいてるよ。脳震盪でも起こしたか? ま、死んでなければ気にしない。
「……中西、くん……」
あわれな暴君が意識を失ったあと、なんといっていいのかわからない、という感じで苗木さんが俺の名字を呼んだ。そこでハッとする。
無意識に苗木さんをガン見してしまったが、いやマジで顔が青タンだらけだよ。DVされてんじゃねえ、これ?
この際、乗りかけた泥船だ。詳しく話を聞きたいところだが、この部屋ではご遠慮したいし、かといってこんな顔の苗木さんを連れまわして外で話するのも気が引ける。
どこか、苗木さんをいったん保護できるところないかな。
…………
うん、ないな。俺の家以外には。
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お久しぶりです。しばらく放置していて本当に申し訳ありません。
どうか生暖かい目で見守ってやってください。
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