そんなんじゃない(手毬視点)
浪人が決まったあたしと、T女子大学に合格が決まった真尋。
道は分かれたけど、高校時代に生まれた友情がなくなるわけじゃない。
「真尋、改めて合格おめでとー!」
「ありがと」
だから、卒業しても、あたしの部屋でこうやって会ったりする。まだ未成年なので、乾杯はジュースで。
「それにしても、本当よかったね。真尋、がんばってたもんね」
ちびちびとジュースを飲みながら、しみじみとそう言うあたし。実際、真尋は三年になってから、わき目も振らずに勉強を頑張ってた。
なんというか、真尋って美人でやっぱり男子からの人気もすごかったけど、男運というものにはイマイチ恵まれていない。
そのせいだろうか、橋爪くんの後に付き合った彼氏ともすぐに破局して、そのあとは勉強まっしぐらだった。三人目の彼氏なんか、付き合いだした初日に押し倒されそうになって、即座に別れたとか。
ほんとしょーもない男。性欲しか頭に詰まってない奴は、この先どうやって生きていくんだろう。
「手毬は……残念だったね、優弥と一緒に合格できなくて」
「あ、あはは、ま、まあ、あたしの場合は、だめもとみたいなところがあったから」
TH大学を受験して、見事にサクラ散ったあたしは、すべり止めに進学することを良しとせず、浪人することを決めた。
「……やっぱり、優弥が進学するから、TH大学を受けたの?」
「うーん、まあ、それが全くないとはいわないけど。優弥はあたしの師匠みたいな感じだしね。でも、やっぱり、これほどまでにがんばった自分の努力を無駄にしたくなかった、っていうのが一番かな」
「……」
「ここで妥協してすべり止めの大学に進学しちゃったら、これから先も努力するのに妥協しちゃいそうだったからね。単にそれだけだよ」
「……そっか。すごいね、手毬は」
「すごくないよ!? すごいのは優弥だと思うよ、受験の日に体調崩して絶不調だったのに、結果に全く影響なかったんだもの」
優弥は受験当日、食べ物に中ったらしく、試験問題だけでなく腹痛とも戦ってた。もれたら困る、とかいうので、あたしのナプキンを渡したのは今となっては笑い話。
そんなことを思い出してたら、自然と顔が笑っていたのだろう。真尋が、いきなりとんでもないことを聞いてきた。
「手毬は、優弥の事……異性として、好きなのかな?」
「……はぁ?」
いままではずっと間接的に探るような尋ね方をしてきたというのに、いきなりあたしの気持ちを訊いてきた真尋の目は、かなり真剣味を帯びていて。
軽い冗談で訊いてきたわけではなさそう。
まあ、なんというか、改めて振り返ってみると。
今の優弥は、ひょっとすると俗にいう『優良物件』に該当するかもしれない。
ふしぎなもので、『成績が良い』というアドバンテージは、高校一年時と高校三年時では重みが全く違ってきている。
高校一年のころは、『勉強できてもしょせんヒョロガリwww』みたいな扱いでも、将来について考えなくてはならなくなった高校三年では約束された勝利の剣。
しかも、優弥は弱点であった身体の方も鍛えて、人並みになっていたんだ。三年になったころは誰もヒョロガリなんて言わなかった、言えなかった。
そうなると、優弥は決して不細工でもないし、玉の輿というか、腰の玉狙いですりよる女子がいてもおかしくはなかったはず。
だが、あたしが知る限り、優弥に彼女が出来たという事実はない。一番優弥と一緒にいたあたしが、それは断言できる。
女子たちは、ひょっとすると、過去に自分達が『ヒョロガリ』と呼んでバカにしていた男子の素晴らしさを認めたくなかっただけなのかもしれないけど。
結局、『ヒョロガリ』という言葉が、優弥にとって特級呪物となっている。
そして、あたしと優弥の関係にも、それがつきまとっていると、強く思う。
ことあるごとに、優弥は『ヒョロガリ』という自虐ネタを披露し、あたしは『だからそれについてはごめんって』という、ややおざなりな謝罪をする。
それはあたしたちの関係における
このプロトコルがあったからこそ、優弥はあたしを女として意識しなかっただろうし、あたしは優弥を男としてあえて意識しなかった。
まさしく、呪いのプロトコル。
「うーん、おそらく、そういう気持ちはお互いにないと思うし、そうなる未来もたぶんないと思う」
「……それは、優弥と同じ大学になったとしても?」
「うん」
「そっか……」
何かほっとしたように、真尋は胸をなでおろす。
そして、あたしの目を見て、はっきりと言ってきた。
「わたしも、手毬みたいに変わりたかったの。そして、少しは変われたと思ってる」
「……うん」
「だからね……優弥も、認めてくれるかな?」
「……えっ?」
思わず、あたしは呆けた。
──それは、どういう意味で?
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