手毬のLonely Toughness

 とある日曜。

 手毬からメッセージが入った。


『ちょっと、勉強を教えてほしい』


 いやわざわざ俺に訊かんでも予備校とか行ってるんだろ? そっちに訊けよ。


 とは思ったが、さすがにそこまでは言えんかった。

 仕方ないので、市立図書館で待ち合わせをすることに。


 ……ま、手毬が相手だし、別にオサレとかする必要ないだろ。



 ―・―・―・―・―・―・―



「待たせたな」


「いや時間通りだけど。というか待ってたの優弥のほうでしょ。何かっこつけてんの」


「ふっ、男にはむやみにかっこつけたくなる時があるのだ」


 俺は十五分前から図書館前で立ちんぼしていたが。

 割といい加減そうで実は几帳面な手毬らしく、やつは約束の時間の五分前に待ち合わせ場所へと姿を現した。


「ふーむ……」


 そういえば、手毬とこうやって顔を直に合わせるのは、大学合格発表の時以来かもしれない。少し伸びた前髪をピンでとめた手毬の顔をまじまじと見てみる。


「な、なに?」


「手毬さ……ひょっとして太ったか?」


 すぱこーん。

 富岳を思わせるような効果音を伴う手毬の左肩叩きに、俺は思わずのけぞった。


「あんたねえ! デリカシーってもんを少しは大学で学びなさいよ!」


「否定はしないんだな」


「うっ……し、仕方ないでしょ。体を動かすような機会なんてないし、夜まで頑張ってるとついつい栄養補給をしちゃって」


 ちょっと恥ずかしそうに顔を俯かせ、手毬が小さい声で自白する。羞恥プレイとはこのことか。

 ま、俺としては別に肥えようが痩せようが、手毬が手毬ならどうでもいい。手毬が真尋とかに変わったりしたら大問題だがな。オサナナジミ・スワップ。


「ま、それもよかろう。筋肉はかまってあげないとすぐ衰えるが、脂肪はかまってやらなくても身を守ってくれるからな」


「……うまいこと言ったと自分で思ってるの?」


「いや、最近何かの漫画で読んだ」


「あんたも漫画とか読むのね……」


「今の時期、必死に勉強する意味は薄れたからな、そのくらいは許されるだろ」


「あっそ。まあ、面白そうな漫画があったら教えて」


「また来年~、になってもいいならいくらでも」


「……いつかしばいてやる」


 ふっ、勝ったな。

 気分を良くしたところで、改めて手毬の全身を見てみよう。


 今日の手毬の格好は、ハイウエストで膝小僧が見える黒いボックスプリーツスカートに、黒の大きなボタンがアクセントとなっている丸襟の白ブラウス。少なくとも普段着ではないはずだが、ガチガチなオサレコーデとまでもいかない。

 最低限の人と会う礼儀、ってやつか。いやすまんな、こっちは普段着のラフな格好で。


「とりあえず中に入ろうぜ」


「うん」


 まあ、時間は限られている、まずは今日の目的を達成しよう。



 ―・―・―・―・―・―・―



「……ところで」


「ん?」


「最近、真尋と会って話したりした?」


 数学の行列問題を解き終えた後に、手毬が変なことを口走ってきた。


「いや……まあ、ご近所さんだからすれ違うことはあるが、わざわざ話し込んだりとかはしないぞ」


「そう……真尋、なんだかあか抜けたよね」


「そうか?」


「大人っぽくなった、というか……」


「……ふむ」


 何やら意味深そうに手毬がそういうのだが、俺にはいまいちピンとこなかった。

 まあ、大学生になって堂々と化粧もできるようになったし、制服を脱いでしまえばそう感じる人間もいるのかもしれない。

 というか真尋の場合、すでに橋爪の前とかでセーラー服を脱がさないで、とかやってたわけだしな。お〇んこクラブ会員8番、ク〇ニナマだ。


「あのくらいきれいになったら、すぐに彼氏とかできそうだよね」


「そうか? でも真尋って女子大だろ?」


「T女子大なんて大人気じゃないの、男子に」


「確かに、それは否定しない」


 何だろう、適当に相槌をうっといたはいいが、手毬が何を言いたいのかわからん。


「あーあ……あたしも、彼氏でも作ろうかなあ」


「……ほう。手毬は、彼氏が欲しいと?」


 とか思ってたら、なるほど。

 手毬は、一足先に真尋がリア充女子生活を満喫しているのがうらやましいんだな。


 だが手毬は、しまった、というような顔になって、慌てて言い訳をし始めた。


「……そういう人がいてもいいかなって。まあ、今は勉強頑張らなきゃだけどね」


「べつに浪人生だからって彼氏作っちゃダメ、ってことはないと思うが」


「そういう優弥はどうなの? 大学にいい人いた?」


 そして今度はこちらに矛先が向いてくる。なんでよ。


「うーん……まあ、仲良くしてる女子なら一人いるが」


「お。前に言ってた人かな。で、どういう人?」


「世話焼きで家庭的な女子、って感じだな。今でもたまに弁当とか作ってくれる」


「いいじゃんいいじゃん。それは脈あるかもよ」


 上半身まで乗り出してきて、なぜか勉強してる時よりも手毬の目が生き生きしてるよんだが。お前は何しにわざわざ図書館まできたんだ。


「ふむぅ……ま、俺以外にも弁当とか作ってるんだがな、その子は」


「そなの? ならば早い者勝ちじゃない?」


「なるほど……そういわれてみれば」


 手毬の言葉で、俺はなんとなく想像してみた。

 いま苗木さんに告白したら、うまくいくかもしれない確率はどのくらいだろう。わからんちんともとっちめちん。


「ね、真尋とその大学の子だったら……どっちが好き?」


「……はぁ?」


 だがしかし、その後の手毬の質問が意味不。比較対象がダイヤモンドと俺の息子レベルで違うんだけど。もちろんモース硬度的な意味でな。


「前にも言ったとは思うが、別に真尋のことはもう何とも思っちゃいないぞ。不幸になってほしいとまでは思わないが」


「……」


「だいいち俺は、せめて俺を俺として扱ってくれる人間のほうがいいぞ」


「……そっか。まあでも、人間の評価なんて変わるもんだと思うけど。今の優弥を見て、ヒョロガリなんて誰も言わなくなるようにね」


「そうだな。いまだに俺をそう呼ぶのは俺自身と手毬くらいなもんだ」


「持ち自虐ネタのくせに何言ってんの」


「うっせバーカバーカ」


「腹立つわその罵倒……ま、それはそうとして。真尋のこと、あまり嫌わないであげてよ。話くらい、してあげてもいいんじゃない?」


「お心遣い痛み入る」


「なにそれ……はぁ。真尋も、前途多難かもね」


 俺が嫌うも何も、俺のこと嫌いなのは真尋のほうだろ? 何を言ってるんだ手毬は。いいから勉強しろよ、俺は一切まけないぞ。



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