世話焼きな彼女

 大学は、わりとコミュ障にやさしい。

 そんな気がする。


 なんというか。全員が平等なのだ。

 この大学に進学してくるからには、皆が同じレベルでの賢さで、入学式が始まったばかりの今では、学力マウントを取れる奴は存在しない。だからこそ、ベッドの上でマウントを取れる可能性が出てくるわけだけどな、こんな俺にも。


 まあベッドの上ならマウントとられても、俺は一向にかまわんッ!!


『で、優弥は大学で友達出来たの?』


 だから、ちょっと悪意のこもった手毬からのメッセージにも、堂々と返すことができた。


『おう、とりあえず新しい知り合いが二人ほどできたぞ』


『へえ。入学してすぐに優弥にも友達ができるって、大学って懐が広いんだね』


『どういう意味だ』


 入学してすぐに、学籍番号の前後の奴らと自然と話すようになった。

 ひとりは、苗木紗羅なえきさらという女性、もうひとりは西田海斗にしだかいとという男だ。


 苗木さんは、ミディアムの内巻きヘアが印象的な目鼻立ちの整った女性で、性格はまあ一言でいうなら家庭的でちょっと世話焼き。趣味は料理らしく、弁当などを自作で持ってくることが多い。

 どうでもいいが胸のサイズは普通。というか今の俺に大事なのは、胸をもむ権利を手に入れられるかどうかだけなので、大きさに対してこだわりなどあるわけがない。みんな違ってみんないいのだ。


 そして西田は、まあなんというか年相応のややズボラな男性で、一昔前のバンドマンみたいな茶色長髪の男である。金髪にして赤ジャケ着たらまるでカ〇レーザーだ。

 この大学に現役合格できるくらいだから勉強はできるのだろうが、話しているといろんな部分でだらしなさそうな面が垣間見える。

 それでも、西田は見下すわけでなく、俺に対して対等に話をしてくれるという点で、今までの奴らとは違うんだ。


『まあ、優弥は分かりづらいから』


『手毬に言われたくないわ。というかそっちはどうなんだ? 予備校は決まったのか?』


『うん、駿止すんどめ予備校にしたよ』


 なんというか、合格一歩手前で足踏みしそうな名前の予備校だな。


『まあ、あとはこれからの手毬次第か。一年は長いようで短いからな』


『うん……でもいいなあ、大学生活。楽しそうだなあ』


『はっはっは、自由度が高校時代とは別物だぞ。来年待ってるからせいぜいがんばれ』


『まかせなさい』


 お、手毬が頼もしい。まあ俺は俺で戦友の健闘を祈っとこう。


 しかし、手毬が後輩になったら、どんな感じになるのだろうか。早くともそれは一年後のことなのだが、その際はとりあえず『せんぱい』呼びだけ強制しとこう。

 はっはっは、まだ『なんでもする』という約束は有効だからな。覚悟しとけ。



 ―・―・―・―・―・―・―



 そうして大学入学して一か月とちょっとが、あっという間に過ぎた。


「だー! 講義のテキスト忘れちまった!」


「西田くん、またなの? しょうがないなあ、じゃあわたしのを見せてあげるよ」


「おお、いいのか? サンキュー苗木!」


 必修講義においてみられる、今日の苗木さんの世話焼きっぷりである。

 なんというか、かいがいしい。貝に例えるならきっとアワビだ。


 西田は一人暮らしをしているのだが、致命的に向いてないんだろう。

 入学してすぐ、西田のアパートにおじゃましたことがあるが、ごみ箱がイカ臭かっただけでなく部屋全体が案の定汚かった。遊びにイッた俺が部屋の片づけをする始末で、しょうがねえなと苦笑いしたもんだ。

 ま、こちとら母子家庭でそういうスキルが多少あるからな、知り合いのためならそのくらいしてやってもいい。俺に惚れんなよ、西田。


 おそらく苗木さんもそんな気持ちなんだろう、俺と苗木さんでだらしない西田の面倒を見る両親みたいな態度になっておる。


 そんなこんなで、やがて講義が終わって、昼休み。


「はい、きょうのお弁当、二人のぶん」


「ふぉー!! ありがたや、ありがたや!!」


「いつも悪いな、苗木さん」


 苗木さんは週に二回、わざわざ俺と西田のために弁当を作ってきてくれる。

 俺が母子家庭、西田が一人暮らしという事情を抱えているから、気を遣ってくれてるんだろう。俺としては正直助かるし、女子にこんなことをしてもらうのが初めてなので、感謝の気持ちしかない。


「ううん、料理するの好きだし、そんなに手間はかかってないから気にしないで」


 そういいつつ笑みを浮かべる苗木さんがまた、奥の床上手レベルで奥ゆかしい。

 これは『自分の作った弁当が他人に喜ばれてうれしい』という笑顔なのだろうか。こうやってエクスタシーを感じる性格なんかな。索敵すてき


 正直、オカンと二人で暮らしていて、自分で何とかするという癖が身についていたせいか、こういうふうに他人の好意を受けることには慣れてないけど。しかも異性。

 まあ、善意はありがたく頂戴するとしよう。


 ……西田と一緒の扱い、ってのが多少不満だけどな。



 ―・―・―・―・―・―・―



『へえ、優弥はそのくらいで転んじゃうんだね』


『物騒なこと言うな。単に今までこういう善意を受けたことがなかったから新鮮なだけだ』


『真尋にそういうことされたのもなかったの?』


『ただの幼なじみのために弁当作る、なんてイベントが起こるのはギャルゲーかラノベの中だけだろう。手毬は現実をなめてんのか』


 浪人生活は退屈なのだろう、こうやってたまに手毬はメッセージを送ってくる。

 だが、特に語るような話題がないので、苗木さんに弁当をいただいたことを伝えてみたらこの反応だ。というか勉強しなくていいのか。


『じゃあなに、もしもあたしが高校時代、優弥に弁当とか手作りで渡してたら、優弥はあたしのことを好きになってたかもしれないってこと?』


『それ以前に、手毬はヒョロガリ相手にそんなことをしようなどと思わないだろ?』


『だからごめんって。いつまでも言わないでよそれ』


 そう言われて初めて、手毬が俺のために弁当を作ってくれるシーンを想像してみる……うん、無理。そんなありえないことの想像なんてできない。

 まだ、トラックではねられて異世界転生した、ってほうが起こりうるレベルだ。


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