逃した魚(真尋視点)
※ 閑話は書かないといいましたが、話の流れ的に書かざるを得ないので訂正します。すみません。
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最近、手毬の成績が上がって来た。
高校一年のころは、わたしとそれほど変わらないくらいだったのに、今ではテスト順位学年十番以内の常連になっている。
季節はもう高校二年の秋だ。
進路というものを、漠然とではなく明確に考えなければならなくなってくるころ。きっと手毬には、
そして、手毬の成績がなぜ上がったのか、その理由はわかっている。
「手毬、よければ久しぶりにカラオケにでも行かない? マミちも来るんだけど」
「あー、ごめんね。ちょっと数学でわからないところがあってー、今日中にそこだけなんとかしたいから。ほんとごめん」
「……残念ー。うん、そっか、じゃあしかたないね」
授業がすべて終わった教室で。
時間が迫っているのか、手毬はあわてて机の中の教科書などをカバンにしまっている。おそらく行先は図書室だろう。
そして、そこで誰が待っているのかも、わかっている。
おそらく、わたしの幼なじみだった、中西優弥だ。
―・―・―・―・―・―・―
「なんかさー、最近てまりん、付き合い悪いよねー」
「……そうだね」
「ま、大学行ける頭の無い立場からすれば、うらやましいって感じだけどー」
わたしと手毬とマミ、以前はこの三人でよく遊んでいたんだけど、わたしが橋爪くんと付き合い始めてからその機会は減っていった。
その後、わたしは橋爪くんと別れ、彼は学校を去ってしまい。
三人とも彼氏がいない今、また元通りにつるむ機会は増えたはずなんだけど、前みたくしっくりこなくなっているのはなぜなんだろう。
「でー、どうする真尋? ふたりでカラオケ行く?」
「……ううん、きょうはやめとこうか。また改めて、三人で行こうよ」
「そだねー、ふたりだとカラオケもビミョーだし。じゃあどっか寄ってく?」
「……ごめん、きょうのところはわたし、帰る」
「そっか……じゃあ、またねー」
なんとなく、ブラブラする気にもならなくて。
マミに別れを告げて、自宅へと戻ることにした。
「あら、今日は早かったのね。お帰り」
「……ただいま。ママこそ早いんじゃ……どうしたの、その服装」
そうして健全な時間に家の扉を開けると、すでにママが帰宅していた。
今日は早くても六時帰宅なはずだったけど……ママは喪服を着てる。
「ああ、ちょっと会社の同僚に不幸があってね。これから通夜に向かうから、着替えるためにちょっと早く帰ってきたのよ」
「そうなの……じゃあ帰りは遅くなる?」
「そうね、九時くらいにはなっちゃうかもしれないわ。ごめんね、晩御飯は適当に食べておいて」
「うん、大丈夫だよ……勉強でもしながら、帰りを待ってる」
ママから千円札を一枚受け取るときに、なぜからしくもない発言をしてしまった。
「あらぁ? どういう風の吹きまわしかしら?」
「別に……もうそろそろテストのこと考えなきゃならないから」
「……そう」
そこでママは軽く眉間にしわを寄せた。
「まあ、わからないところがあったら、優弥君にでも聞けばいいんじゃない」
「……」
「じゃあ、いってくるわ。勉強頑張ってね」
「……いってらっしゃい」
わたしが中途半端に上げた右手のことなど見もせずに、黒い服を着たママは玄関を出て行った。
どういう意味で、ママは『優弥に聞けばいい』といったのかはわからない。
わたしと優弥が、今ではもうまともに会話すらもしていないことを、ママは知ってるはずなのに、なあ。
「……勉強、しよ」
誰にも聞かれない独り言。
何もすることがないなら、勉強したほうが将来のためになるだろうから。そうするのが一番有意義なのだから。
自分に喝を入れる意味でも、口に出したほうがいいだろう。
それにしても。
最近は独りでいる時間が増えたような気がする。
さみしいというよりは、物足りない。そんな言い方が一番しっくりくる、今のわたしの気持ち。
―・―・―・―・―・―・―
集中力が続かなくて、このまま勉強を続けても意味は薄いと感じたわたしは、気分転換もかねて晩御飯を買いに行こうとコンビニへ向かうことにした。
その途中で中西家の前を通ると、一人の女子がそこから出てくるところに遭遇する。
「……手毬?」
「あ……真尋!?」
「どうして、優弥の家から……ひょっとして、優弥と付き合ってるの?」
「ち、ちがうよ!! 勉強しててちょっとわかんないところがあったから、優弥の家にあった参考書を借りるためにお邪魔しただけで……それだけだよ」
両手を左右に振り必死に否定する手毬は、必要以上に慌てている気がする。
優弥の家──中西家は、わりと古い一戸建てで、紗耶香さんの実家、らしい。
アパート暮らしのわたしには部屋がたくさんある優弥の家がうらやましくて、小さい頃はよく遊びに行ってた記憶があるが、ここしばらくは、まともにお邪魔したことはない。
というよりも、おそらくもうお邪魔する機会もそうそうないのだろう、とおぼろげながら理解している。
そんな中西家に、手毬が何の障害もなくお邪魔していたことが、ちょっとだけ悔しく思えた。
以前の優弥は、『ヒョロガリ』なんてあだ名を陰でつけられるくらいに弱っちくて、勉強しか取り柄のない男子だったけど。
少林寺拳法の道場に通っているおかげか、それなりに筋肉がついてきたようで、体格も年相応の男子となんら変わりがなくなっている。
それでいて、学年一位の成績をずっとキープしているのだ。
ひそかに周りから見直されているという噂も聞く。少なくとも今の優弥を『ヒョロガリ』扱いする女子はいない。
そして、今はおそらく、手毬が一番優弥の近くにいる女子、なんだろうな。二年前のわたしみたいに。
「そっか……手毬も勉強、頑張ってるもんね」
「あ、うん、なんかね、このままじゃあたしもダメな気がしてさ、人生で今くらいは勉強頑張ってもいいかなー、って思ったから」
「……すごいな……」
ちょっとだけ厭味ったらしい口調で『勉強頑張ってる』って言ったのに、そんな言葉で返されては、わたしはもう何も言えない。
わたしだけだ、中途半端なのは。
「そんなことないよ。優弥の頑張りに比べたら、あたしなんて全然。でも、かなわないとはわかってるけど、頑張りだけは負けたくないなって」
「そっか……だからなの? 馬場くんの告白、断ったの」
「え!? 何で知ってるの!?」
「そりゃ、馬場くん人気あるもの……バスケ部の不動のセンターに告白されてノータイムでお断りしたら、うわさが広まるのも当たり前でしょ」
「あ、あはは……」
肩まで伸びた髪をいじりながら、手毬がごまかすように笑う。
わたしは正直、手毬が告白を断ったことが意外だった。
馬場くんといえば、高身長でジャニ系なイケメンのスポーツマン。わたしが知ってる手毬の好み、どストライクだったはずだから。
「なんで断ったの?」
「え、いや、だって、まともに話したことないし」
「見た目的には手毬のモロタイプじゃなかった? 馬場くんって」
「う、うーん……ま、まあ、見た目だけならね。だけど、なんとなく話が合わなさそうだったし、うまくいくようにも思えなかったから、期待させるのもひどいしうちかな、って考えて、お断りしただけだよ」
「……ほかに好きな人がいるから、じゃなくて?」
「そ、そういうわけじゃないかなー。ただ、本当に好きな相手でもなければ、無理に付き合う必要もないでしょ。他人に自慢するために彼氏作るわけじゃないもの」
「……」
「それよりもまず、自分を磨かなきゃね!」
その言葉はわたしを突き刺して、橋爪くんのことや、いままでのこと、それをフラッシュバックさせた。
橋爪くんと別れてから、二名ほど別の男子に交際申し込まれて付き合ったけど、結局、性格が合わなかったせいかすぐに別れてしまって。
今では彼氏を作るつもりすらもなくなってしまったわたしと、似ているようで違う手毬。
その前向きさが、なんとなくうらやましくて、妬ましくて、やりきれない。
「……そっか。応援してるよ、友達として」
「うん! ありがと。じゃあね!」
一秒すら惜しい、とばかりに、そのまま駆け足で手毬は去っていく。たぶん、わたしの言葉の裏に秘められた本音は、手毬に届いていないだろう。
なんとなく、涙が出てきて、何も見えなくなっちゃった。
今さら後悔するなんて、虫のいい話だよね。いままでのこと、橋爪くんのこと。それと──
──うん、わたしも、前向きにならなきゃ。間違いを繰り返さないように。
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