あとしまつ
結局真尋のことは、付き合えば性的な意味で奉仕してくれる『奉公の魔女』という共通認識が、一部の男子の間で広まってしまった。
ここは冬月市だったんか。ならばこれから始まるのは『ビッチ・カリブトワークス』という物語だな。
そして、その物語は、テストが終わったあとの裏庭から始まる。
「で、真尋の様子はどうだ? いろいろ噂されているの、気にしてないか?」
「突然呼び出して何を尋ねてくるのかと思ったら……あたしじゃなくて直接真尋に訊けばいいじゃないの」
「ま、もう俺からは近寄らない、と言った手前な」
「……心配してるなら、もっと……」
ライソで俺に呼び出された手毬は、気まずそうな呆れてるような表情だ。
俺の推測通り。
ここを去るならもう何も恐くない、とばかりに、学校をマミっちゃうファッカー部員が真尋に関してあることないこと脚色して触れ回ったらしく。
冒頭の通り、見事に真尋のイメージはキュビズムみたいな絵に塗り替えられた。
千尋さんも、いろいろ参っている様子だし。このまま真尋のことまで面倒を抱えたら、もんじゃ焼きどころか経血まで口から吐いてしまうかもしれない。
母ひとり子ひとり、だもんな。そこだけは同情するんだ。
「それでどうなんだ? 真尋は」
「……まあ、噂されてるのは分かってるでしょうけど、気にしてるそぶりは見せないわよ。あたしたちの前ではね」
「……ふん」
それでも、しょせんはひとりの人間、強いままでいることも限界はあるだろう。
そんなことを言いたげな手毬の様子だった。
「なんとか、噂を鎮静化できればいいんだけど……」
「無理だろ。人の口に戸は立てられねえ。立つのは股間だけだ」
「うまくないわ」
「やかましいわ。そういや橋爪はどうなったんだ?」
見事にテストが終わった校内から、橋爪をはじめとするファッカー部員の一部の連中が消えていた。かなりどうでもいいが、ついでに訊いてみる。
「まあ、橋爪くんとあと数名は受け入れ先が決まったみたいで、もうすでに出荷されちゃってるらしいけど、学校を去った全員がそうなのかはわからないわ」
「受け入れ先……? 出荷? どういうことだ、橋爪は退学じゃなかったのか?」
「なんか退学よりも厳しい処罰らしいわよ。試される大地にある、私立
「団蜀高校……あのスポーツで有名な男子校?」
「そう、保土ヶ谷ヨットスクール以上のスパルタカリキュラムを誇ってて、下手に法で裁くよりも問題児の矯正にいいとか」
「矯正なのか去勢なのかはわからんな……おまけにあそこ、それ以外にもわりと有名な噂なかった?」
「……だからでしょ」
「おおう……祈らざるを得ない」
手毬もさすがに知ってたか。俺の脳内から情報通の称号を与えよう。
ネットのうわさでしか聞いたことがないが、団蜀高校の卒業生はみなコーモンが緩くなるらしい。なぜかは推測可能だが公言は不可能、ってやつだ。おむつプレイができるのだけが唯一の利点よな。
せめてものいやがらせ……いや、慈悲でボラキノールでも送ってやろうかな……
「中西、こんなところでなにしてるんだ?」
「……んあ?」
などというくだらない思案に暮れていると、突然後ろから声をかけられた。どこにでも現れるモブC男とその友人たちである。なんで裏庭に来るんだお前ら。
「そういえば聞いたか? 吉川さんの噂」
「……なにを?」
「いや、吉川さん、どうやらいなくなったサッカー部の奴らと集団でランコーしてたそうじゃないか。しかもけっこうえげつなく。中西、本当におこぼれにあずかってなかったのか?」
ニタニタすんな気持ち悪い。モブC男、おまえはどこまでも下世話な奴だな。
「ちょっと……」
手毬が黙っていられないとばかりに一言文句を言おうとしたようだが、俺は右手でそれを精子した……って、こう書くとなんか右手が恋人みたいに思えるな。制止の間違いだよ。
いや右手が恋人は間違ってないけど。
「そういえば、C男くん」
代わりに俺が悪代官のようにニトリと笑いながら、モブC男に向き合う。お値段以上の笑みだ。
「知ってた? なんか、サッカー部員以外にも、自殺未遂した例の彼女にかかわっていい思いした人間がいるんだってさ。学校側は今、その人物を躍起になって探しているらしいよ」
「……そうなのか?」
「うん。そりゃそうだよね、逃げ得とか許しちゃいけない。かかわった人間、全員処罰されなきゃおかしいもん。だから校長から『例の件について、下世話な噂話をしている人間がいたら、どんな細かいことでも報告してほしい』って、教師はじめ学校関係者に通達が出たんだって」
「……」
「いやー、怖いよねえ。事実かどうかわからない下品な噂話をしてたら怪しいって関係者から睨まれちゃうし、それでも無実を証明できるならいいけど、『やってない』ってわかってもらうのは悪魔の証明だものね。つまり、疑われたらそれを完全に晴らしようがないわけで」
「……」
「……だから、そういうことはうかつに、べらべら人前で話すことじゃない気がするんだけど、C男くんはどう思う? どこで誰が聞いているかわからないよ?」
そこで俺はちらっと隣にいた手毬のほうを見た。手毬が合わせてくれたようにうなずくと、とたんにモブC男とその友人たちの顔色が青くなる。
「お、俺は何も知らない、聞いてない!! じゃ、じゃあな、中西!!」
これはまずいと思ったのか、モブC男一派は、そのまま慌てて裏庭から出て行った。
「……ふん、阿呆どもが」
「ねえ、優弥。今の話、本当なの?」
「嘘に決まってるだろ。こんなツッコミどころ満載の作り話に騙されるのは、やましい心かやらしい心の持ち主だけだ」
ま、これで噂が沈静化するとは思わない。だが、モブC男くんはいろいろ小心者っぽいしな。
今の嘘八百も性病のように広まってくれることを願うよ。もう全員脳梅毒になっちゃえ。
「……優弥って、やっぱ、やさしいところあるのね」
「どこをどう解釈したらそうなるんだ?」
「真尋のためでしょ? 今のウソ」
「……そういうわけじゃない」
「うそつき」
「……」
しかし、後ろで手を組みながら覗き込むようにニヤニヤ笑う手毬がウザい。
というか、真尋が無茶苦茶言われて少しだけムッと来たのはあるとしても。曲解されるのは不本意なんだが……
……でも、ま、手毬一人だけなら、訂正するのもめんどくさいし、別にいいか。
それに、真尋は真尋で、清楚ビッチみたいな立ち位置を手に入れてカーストランクが上がったりしてな。そうなったらボーボーと草生えちゃう。
「……あのな、手毬」
「なに?」
「お前のにやけ顔、気持ち悪いから、やめとけ」
「ちょっと何よその言い方!! むきーっっっっ!!」
俺の一言に激昂し、バンバンバン! とムキになって手のひらで俺の肩を叩く手毬が滑稽だ。ついに気がふれたか。
「叩くな痛いぞ!! 俺はヒョロガリなんだ骨折したらどうしてくれるんだ!!」
「うるさい!! うるさい!! うるさーい!!」
ま、本当はいたくはないけど、なぜかここから離れる気にもならない。
はっはっは。気持ち悪いけど、生理的に無理とは言ってないぞ、手毬。
そこも曲解するなよ、わざわざ言い直さないけどな。
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高一編終わりです。閑話は需要ないかな、と思うので、次は大学編へ行く予定。
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