狂乱麗舞の宴
千尋さんが我が家に来襲してきたので、君子危うきに近寄らず、とばかりに俺は自分の部屋に避難していた。
試験前なので勉強しようと机に向かうも、筋肉痛が酷いために効率が良くない。
というわけで問題集と悪戦苦闘すること二時間。
そこで、スマホにメッセージが入った。
『ママ、酔っぱらって潰れてない?』
真尋からだ。
こういっちゃなんだが、千尋さんは我が家に飲みに来ると高確率で潰れる。つまり飲まなきゃやってられないようないやなことがあると飲みにくるのだ。
真尋が心配するのも当然ではある。それは分かるとして。
『様子見てないから知らん』
『悪いんだけど、もし潰れてたら迎えに行かないとならないから、ちょっと様子を教えてもらえないかな?』
お願いされたはいいが、気が進まんな。
これも『都合のいい人』扱いの一環か。こういう部分があるから、幼なじみという縁がなかなか切れない不具合。
クソめんどくさいけど、そろそろと様子を見に行ってみる。
「……でねー、明らかに胸をガン見しながら、『吉川さん、今日これから一杯どうですか?』なんて陳腐なセリフで誘ってくるわけー」
「まあ、サシ飲みでOKとかもらったら、そりゃヤッてもいいって意味になっちゃうし、断るしかないわ」
「でしょー? もうすぐ結婚式を迎えるやつがそんな誘いしてくるあたり、目的バレバレだっつの! それとも婚約者生理中か!」
「ギャハハ、それか一週間も我慢できないサル? しかもバレたら慰謝料請求されるやつだわ! その男、人生棒に振りたい自殺志願者なの!? バッカでー」
おおう、やっぱり出来上がっておる、盛り上がっておる。話の中身はかなり品性お下劣なくだらねえ内容だけど、想定内。シンママ二人が飲めばいつもこんな感じだ。
要するに自制棒を持たない千尋さんの同僚が人生棒に振るような破滅のお誘いしてきたわけね。シンママだから欲求不満がたまってる、なんて思われてるんだろか。
なるほど、千尋さんはそのことに腹が立って、今日飲みに来たんだな。面倒だねえ、シンママに対する社会バイアスっていうものも。
「結局オトコなんてねー、ヤることしか考えてないのよー、ほんとに」
「ぎゃははー、そうよねえ! そのくせ女の事なんかお構いなしに自分だけイッちゃうしさー、ほーんと自分勝手!!」
「おまけに、そいつ程度で欲求不満解消しようなんて考え、子宮の片隅にもないってのにね。ほんとくだらないわ。『あんたとやるくらいなら、すごくカワイイ知り合いの息子とやったほうが百倍気持ちいいわ』ってはっきり言ってあげればよかったかも」
「ぶはっ!!」
あ、思わず吹いちゃった。そしてシンママ二人の視線がこっちに向いちゃった。
「あら、噂をすれば優弥君」
「ちょっと千尋、前途有望なうちの可愛い息子を誘惑しないで頂戴ね」
やっぱり今の『カワイイ知り合いの息子』って俺のことかよ。あまりに突然すぎて我が息子が反射勃起しちまうところだったじゃねえか。
それにしても残骸の散らばりようがパネェ。アーリータイムズとボンベイサファイアの瓶が空になってるじゃんか。ラガーの空き缶も8つくらいあるし、いくらなんでもペース早すぎ。これ以上飲めないよう、口に海綿体のコルク栓入れたろうか。
「そっか……優弥君と真尋にこだわる必要はないのよね。別に私が優弥君と」
散らばった空き缶を拾っていると、千尋さんが酔っ払ってとろんとなった目のまま俺の服のすそを引っ張る。しかしなんで酔った女の人って、こういう色っぽい目をするんだろうな。
「こらこらおばさん。自分の年齢考えなさいよ。優弥がこのまま大学卒業する年齢になったら、千尋は下手すりゃアガっちゃってるでしょ」
「失礼な!! アンチエイジングはちゃんとやってるわよ!! ねえ優弥君はどう? こんなおばさん興味ない?」
「え、えーと……」
さあ千尋さんはどこまで本気だ。というかわざと胸を強調するポーズをとってくるあたり、自分の武器を理解してるな。
「年上もいいものよ? 包容力もあるし」
「そうですね、抱擁力はありそうですね」
「将来のエリート優弥君になら、なにされてもいいわ」
「俺がおぼれてダメ人間になってエリートコースから外れたらどうするんですか」
「今なら娘付きよ」
「そのメリットはないに等しいというか、むしろデメリットじゃないですかね」
聞くに堪えなかったのか、そこでオカンが千尋さんをぐっと押しのけ割り込んでくる。
「……優弥。あんたいちいち酔っぱらいの戯言にマジレスする必要ないでしょ」
「俺は
「というかいやよ。自分と同い年くらいの義理の娘とか」
「大丈夫です、おそらく酒が抜けたら全部忘れてると思いますから」
こりゃ真尋召喚コースだな、と悟った直後。
いきなり、千尋さんが俺に抱き着いてきて、俺は押し倒された。
「むふふー、じゃあ遠慮なくいただいちゃおうかしらねー」
「どこに同意があったんですか! っていうか酒くさ!」
何とか逃れるために、千尋さんのおなかをセクハラにならないよう軽く押したのだが、それがまずかったようで。
「……吐きそう」
「え? ちょ、ちょっ止まって待って!!」
…………
……
―・―・―・― しばらくお待ちください ―・―・―・―
「……ごめんね、ママが……」
「あーいやまあ仕方ない。千尋さんもたまには溜まったものを吐き出したいときもあんだろ」
「……うん」
結局その後、宴会場はもんじゃ焼き会場へと一瞬にして変化を遂げ。
肝心のもんじゃ焼き製造機千尋さんはそのままダウンしてしまったので、真尋を呼ばざるを得なかった。
「じゃ、じゃあね。ご迷惑、おかけしました」
「ああ、うん……送るの、手伝うか?」
「ううん、どうせすぐだし、大丈夫だよ。ありがと」
念のため、言ってみるもやはりやんわりと断られる。ま、しかたないか。
「ところで、真尋は……」
「ん、なに?」
「いや……なんでもない」
もしもサッカー部の問題を起こした連中が学校を去るとするなら……真尋は……これから陰でどういわれるのか。
なんて、これからの真尋に対して、少しの懸念を持っていた俺だったが。
まあ、それは今言うべきことでもないし、俺が言うべきことでもない。
だから、それはとりあえず飲み込んどいて、真尋が千鳥足の千尋さんを肩で支えて玄関を出ていくのを見守るだけの俺だった。
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