母親はわりとノーテンキ
手毬と話したそのあと、少林寺拳法の道場でシコシコとしごかれ、へっぴり腰で帰宅する途中。
仕事帰りの千尋さんと偶然出会った。
「あら、優弥君」
「こんばんは。今、帰りっすか?」
「そうよ。きょうはちょっと遅くなっちゃって」
というわけでシングルマザーと並んで歩く。
千尋さんは見た目が若いので、姉弟にも見えなくはないかもしれない。
俺にもし、千尋さんみたいな茶色い巻き毛ロングの似合う巨乳姉がいたら、もう少し生活が潤っていたように思う。少なくとも女性に関しての気遣いは多少出来るようになってたかも。
いやしかしなんなんですかねえ、この巨乳にぴったりフィットする黒ニットの破壊力って。こういうのは比較的貧乳でも存在感を主張できるってのに、もともとが大きい千尋さんの攻撃力たるやもうカンストレベルだ。
「ありがとうね、優弥君」
「ほ? なんのことです?」
おっと、意識飛んでた。話しかけられてちょっと狼狽。
「真尋のこと、励ましてくれて」
「俺、なんもしてねえっすよ」
「謙虚なのね」
「いやいやいや」
「いやよいやよもスキのうち、かしら?」
「今そんなこと真顔で言ったら、フェミニスト総出で叩かれますから気を付けてくださいね」
ある意味、千尋さんと話をするのが一番精神に優しい。
だが並んで歩くこの状況の中、千尋さんにまじまじと見つめられてるのが分かったので、「どうかしましたか?」とわざとらしく聞いてみた。
千尋さんに見られるのは落ち着かないが、もちろん色気のある展開になることを期待してなどいない。
「本当にねえ……頭がよくて、思いやりがあって謙虚。こういう男こそ女を幸せにできるって、若いうちはわからないものよね」
またこの話題か。
千尋さんがまたもや人生に疲れたオバサ……いや、しみじみというので、果たしてそれは若いうちだけだろうか、と素直に思った。若くなくとも割とどうでもいいところを気にして肝心なことを気にしなさ過ぎて、結果失敗することもたくさんあるじゃんね。
「みんな、そんなこと意識して生きてねえっすよ。ルッキズムしかり、わかる部分でしか人間ってのは他人を評価しませんので」
まあ、だからといって自分が千尋さんに手放しでほめられるような人間ではないともわかっちゃいるのだ。
もしここに手毬がいたならば、『こんな性格がねじ曲がってるやつはどんなに他が優れていてもお断りです!』とか言いそうだしな。
「ずいぶん達観してるわね」
「そうもなります」
「でも、優弥君に感謝してるのは本当よ。真尋からいろいろ聞いたわ。親子で、『優弥君っていい人よね。感謝してもしきれないわ』って話してたんだから」
「それはありがとうございます。ですが、逆にお聞きします。『いいひと』ってのは恋愛対象になり得ますか?」
「……え?」
「俺、思ったんすよ。『いい人』ってのは、恋愛対象にはなりえないけど、自分にとって都合よく動いてくれる、『都合のいい人』のことを指すって。だいたい、異性の場合は、恋愛対象になりえる時は『いい人』なんて言わずに『いい男』って言うんですよ」
「……それは……」
「だから、いい人ってのはまず恋愛対象外なんです。いい人だけど顔が嫌い、いい人だけど頼りない、いい人だけど男として見れない、そんな減点方式でしか見られない感じですよね」
「……」
「逆に、強い男ってのは、加点材料です。だらしないけど強い人、馬鹿だけど強い人、て感じで。で、どうしても人間ってのは、減点されるよりも加点されるほうに好印象を抱くんですよ」
「……まあ、わからなくは、ないわね。理想の基準は人それぞれでしょうけど」
お、食いついてきた。恋愛哲学リスタート。
「理想、ですか?」
「そうね。好みから来る、理想の男、っていう話。たまたま『強い男』が理想だっていう女性が多いだけなのかもしれない、ってこと」
「……なるほど……」
「それに、付き合う前は理想の男を追いかけていても、いざ付き合うとなると現実を見てしまうのが女なのかもしれないわ」
「ふむ……つまり付き合う前は加点材料によって見過ごされてきた減点材料が、付き合い始めたら気になってしまうような?」
「まさしくそれかも……ああ、なんだか語りながら飲みたくなってきたわ」
そう言いつつ、千尋さんはふと立ち止まって、酒屋の看板を見つめる。
あ、これ、うちに来るつもり満々なやつだ。できるなら、あまり度数の高い酒は持ち込まないでほしい。
「ねえ優弥君、今日、
「お母様は千尋さんに乞われたら、お誘いを断らないと思いますが」
大体予測はつくだろうが、紗耶香ってのがうちのオカンの名前だ。本邦初公開。
しかし、千尋さんがウチに来たらなんか絡まれそうな気がするから、勉強のために部屋に閉じこもっているほうがよさそう。
いっとくけど、シングルマザーふたりの飲み会など、凄まじいからな。物理的な意味でも、精神的な意味でも。何かを期待してもSAN値をそがれるだけだ。
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