逆襲の手毬 ビヨンド・ザ・スマホ

 さて、放課後である。

 なんとなくめんどくさい出来事に巻き込まれそうな予感がビンビンとするので、三十六計だろうが四十八手だろうが逃げるにしかず、だ。


 というわけで、鞄片手に早足で正門まで向かう俺。


 だが、下校する生徒の波に紛れて、正門前には俺の敵が立っていた。誰かを探すようにきょろきょろしている、モブA子。気のせいか瞼が腫れぼったく見える。


 本能が逃げろと叫んでいることは間違いない。が、ここでモブA子を避けるように裏門から帰宅するのもしゃくだ。

 ま、いいや。俺のことなんか別に気にしてないだろう。スマホでゲームをやるふりしてそのまま出るか。


 もう、モブA子と俺の道が重なることなんてないのだからな。


「……ねえ」


「お。新しいウマガールが解放されてるな……なになに、お色気担当の『イクイクコックス』に『マグロベッドイーン』の新衣装か……うーん、性脳的にはいまいちだなあ……課金はやめとこ」


「ねえってば……」


「あ。クラスダウンしちまったわー。競技場用に育成しなおさなきゃならんかなあ」


「無視しないでよ!! 優弥!!」


 うっせーなあ人の名前気安く呼ぶなよモブのくせに……って、俺かい。

 なにムキになってんだこいつ。


「さて問題です。この学校にゆうやくんは何人いるでしょう。あ、ヒョロガリが通りまーす」


 底意地悪いな俺、と自分で自分を笑いつつ、目線は合わせない。意地でも。

 話すことなどないんだといったからには、有言実行しないと。


「はゅあ!?」


 だが、いざ校門を過ぎようとしたらいきなりかばんをグイっと引っ張られ、びっくりして左手からスマホを落としてしまう。

 なんかすごい変な日本語が口から出てしまったぞ。地面がコンクリじゃなくて助かった。


 哀れ、その落ちたスマホは、モブA子に奪われてしまった。


「……おい、返せ。勝手にいじるんじゃねえ」


 拾った俺のスマホをすごい勢いで操作するA子はいったい何をしているのか。というか他人のスマホをちゅうちょなくいじれるその根性がすごい。


「返せよ!」


「……はい」


 しばらく経ってからA子が返してきた砂で汚れたままの俺のスマホは、なぜかライソのアプリが開かれていた。

 呆然としてその画面を見ていると、リアルタイムでメッセージが矢継ぎ早に流れ込んでくる。


『ごめん』


『本当にごめん、本心じゃなかった』


『ただ気恥ずかしかっただけ』


『優弥を傷つけるつもりじゃなかった』


『もうあんなこと絶対に言わないから』


『謝ることしかできなくてごめん』


『どうしたら許してくれる?』


『土下座でもなんでもするから教えて』


 なんだこいつ。

 俺は『もう話さない』って言ったから、代わりにライソのメッセージで伝えようってか? 必死佳世。


 そう思って、目の前にいるメッセージの送り主を見ると。

 その送り主は、俺のほうを見ずに両手でスマホを大事そうに持って、ちょっとだけ震えているようだった。


 ……ははっ。


 本気で、自分のやったことを後悔しているように見えるじゃないか。


 なんというか、毒気を抜かれたわ。俺も単純だな。

 仕方ない、今だけは既読スルーしないでおく。


『今、なんでもするって、言ったよな?』


 俺がそうメッセージを返すと、それを確認したモブA子……いや、手毬が、ポカンとした顔を俺に向けてきた。


「……えっちなの、以外で」


 当然のように目が合った後、ちょっとだけ顔を赤らめつつ目を横にそらし、実際の言葉で俺にそう言う。


『ちょっと何を言っているのかわからないので、ナニをしてもらうか考えておく』


 あくまで俺はしゃべらない。メッセージでそう手毬に返すだけだ。

 手毬からのメッセージはそこで途切れる。


 そうして俺は、ライソのアプリを閉じ、今度こそ正門を抜けた。


 正直、簡単に許す気はなかったけど、まあしょうがないか。

 仏の顔もサンドまで。砂が付いたままのスマホに免じて、許してやるよ。



 …………


 というか、お前の親友の真尋、めんどくさいことに巻き込まれたりしてないの?

 余裕ぶちかまして俺のところに来てて大丈夫なの?

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