強く生きろよ

 手毬の名前を知った日の昼休み、オカンからライソにメッセージが入った。


『千尋が、優弥に感謝していたわ。ありがとう、って』


『お礼を言われる理由がよくわからないけどどういたしましてと伝えてくだされ』


『真尋ちゃんを励ましたっていうことみたいだけど?』


『拙者、真尋を励ましたつもりも記憶もないでござるが。ただ真尋に謝罪されただけでござるよ』


 なんだか理解できないメッセージの内容である。

 ということはなんだ、千尋さんの中では、真尋が学校に登校するくらいメンタルが回復したのは俺が真尋を励ましたおかげだ、ってことになってるわけ?


 ……どこにそんな要素があるのかわからないけど、まあ千尋さんに恩を売れたということでよしとしよう。

 これで平穏がやってくるならそれでいい。


 …………


 千尋さんのおっぱい輸出阻止、平穏のために、もうひとつ手を打っておいたほうがいいかな。



 ―・―・―・―・―・―・―



 というわけで、放課後、またまたサッカー部室前へとやってきた。

 とりあえず橋爪がまたまたトイレへ出てきたところを確保して裏庭へとレッツゴーする。


「あのさ、橋爪くん」


「……なんだよ」


 不機嫌そうな橋爪氏に少しビビる俺、弱い。だが必要な話だけはせねばなるまい。手毬が探るとか言ってたけど、実際問題本人に訊けば一発解決だろうし。


「前の彼女さんも、真尋と同じような扱いしてたわけ?」


「!?」


「あ、やっぱりそうなの」


 そこでまたもや校舎の壁に壁ドンをされた。ときめかないというかビビりまくって心臓バクバクである。はたから見たら完全に、ヤンキーにカツアゲされているような状況だ。


「おまえ、誰にもそのことは言うなよ!?」


「いや、言うつもりはないよ?」


「お前も、真尋を抱いたんだよな!? というか、先っちょを入れただけでも共犯だからな!?」


「えっちょっと待って。俺、真尋を抱いたどころか先っちょすらも入れてないけど」


「……なん、だと?」


 そこで固まる橋爪。


 そしてそのとき俺は俺で、『先っちょだけ』という言葉ってバカだよな、となどと考えていた。いやだって普通に考えてみれば、先っちょだけ入れられても気持ちよくないどころか、最悪妊娠の可能性だけはあるという最悪の行為だもん。

 つまり『先っちょだけ』という口説き文句を使う男は総じてバカ。はいQ.E.D.


 そんなことを考えていたせいか、思わず「フフッ」と笑ってしまった俺を見て、橋爪がいきなり激昂してきた。


「おまえ、なんだその人を馬鹿にしたような態度は!!」


「は? いや別のそういうわけじゃなくて、先っちょだけっていう口説き文句を使う男ってバカだなあ、って」


「おまえ、やっぱり俺を馬鹿にしてんのかぁぁぁ!!」


 えっちょっと待って、まさか橋爪って真尋とアレを致すときにも『先っちょだけでいいから』とかの口説き文句を使ったんか? しかもそれに真尋が騙されて、身体を許したってこと?

 すげえ、俺の周りバカばっかだ。今の俺は伴宙太レベルでモーレツに感動している! もう橋爪は俺の中で『モーレツあな太郎』確定。


「いや、感動してるだけなんだけど……これでいいのだ!」


「うるせえ!! 少しばかり頭がいいからって、見下してんじゃねえぞ!!」


「見下すも何も……というか見下されたくなければ、自分の都合のために、自分の彼女をいいように扱わなければよかったのに」


「……」


「おそらくさ、橋爪くんの前の彼女さんも、真尋と同じように扱われて病んじゃったんじゃない?」


「……」


 無言は肯定以外の意味を持たない。わざわざ手毬に探ってもらう手間が省けたな。


「まあ、真尋は病む手前でなんとかできたから、それはいいんだけどさ。これ以上同じことを繰り返して前の彼女さんや真尋のような女子を量産したら、いくらなんでもファッカー部も橋爪くんもやばいんじゃないの? 大学どころじゃなくなるよ?」


「……それは、困る」


 ほんとこいつ、あくまで自分のことしか考えてないやつだな。腹が立ってぶん殴りたくなるところだけど、物理ではまだかなうわけがない。

 腹立たしさを抑えて、いさめてみよう。


「まあ、とにかく。前の彼女さんとのことは、わりとどうでもいいからさ。もう真尋を面倒ごとに巻き込まないでほしいんだよね。真尋が面倒ごとに巻き込まれると、こちらにも火の粉が飛んでくるんで」


「……やっぱり、お前が、真尋を説得……」


「いや、俺は何もしてないよ。真尋がいつまでも騙されるほど馬鹿じゃなかった、ということじゃないの? 二人がどういう話をして別れたのかに興味はないし」


「……」


「なので、もしハメ撮りとかやばいのを持っていたなら、処分していただけると助かるなあ。それをダシに真尋を脅すような真似したら、すぐに何もかもバレると思ったほうがいいよ。あ、もちろんいい思いした先輩たちにも周知してもらいたい」


「……」


「まあ、高校退学とかになっちゃったら、ホームレスになって野垂れ死にとか、仕方なしに闇バイトに手を出して使い捨てで逮捕されて人生おじゃんとか、まともな就職もできずにやくざな世界に入って抗争に巻き込まれて鉄砲玉やらされたあげく物理的に人生終了とか、パチンカスに身を落として闇金から借金した結果内臓売る羽目になるとか、ろくでもないことになっちゃうもんね」


「…………」


「いや確かに橋爪くんなら女を騙して生きていけるかもしれないけどさ、それも刺される危険性と背中合わせでしょ? 女を騙していいのは、刺される覚悟のある男だけだと思うよ」


「……て、めええええぇぇぇぇ!!」


「わっ」


 そこで橋爪は怒りのやり場がなくなったのか、俺にこぶしを向けてきた。

 しゃがんでよけると、校舎の壁に橋爪の右こぶしが突き刺さる。


 ゴンッ。


「ぐぉっ……」


 おおう、さすがのワイルド系イケメンのこぶしも、校舎の壁には勝てなかったか。

 思い切り痛がっている橋爪の壁ドンから解放されるや否や、俺はすたこらさっさと逃げ出した。


「殴られたくないからこれで退散するー! じゃあね、さっき言ったことよろしく! 人生、計画性が大事だよ!! 覚えてろぉぉ!!」


 なんという捨て台詞だろうか。自分で自分がわからん。

 ま、いっか。これで橋爪がおとなしくしてくれたら儲けもんだし。平穏のために、平穏のために。


 さて、手毬に報告……って、手毬のライソとか知らないわ。まいっか、直で話せば。

 

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