精子脳は同じことを繰り返す
さて、真尋に言いたいことを言った次の日。
いつものように登校すると、いきなり玄関口でモブA子の奇襲に遭った。
「ちょっと中西、どうやって真尋を登校させたの!?」
「なんだ突然」
「だってだって、真尋が学校に来てるんだもの!!」
「そりゃ学生だもの当たり前だろ」
とつぜん俺の苗字を呼ばれて驚く。なんやこいつ、『ヒョロガリ』としてしか俺を認識していなかったわけじゃないのか。
「そういう問題じゃないでしょ!! 昨日までけんもほろろだったのに突然だよ!?」
「モブが『けんもほろろ』とか難し言い回しをしていいと思ってるのか。モブのアイデンティティというものを、もっと大事にしたほうがいい」
「余計なお世話よ、ヒョロガリ君
「ふーん。で、友人の立場から見て、真尋の様子はどう見えた?」
「……え?」
「え、じゃなくてさ。学生なんだから学校に来るのは当たり前。落ち込んだままか立ち直ったのか、気にすべきは真尋の今の状態でしょ。俺は顔を合わせてないから判断しようがないけど、いつも一緒にいる友人から見れば、そのあたりはだいたい分かるんじゃないの」
「……」
機械的に事務的に論理的に聞いてみる。
重要なのは真尋がなぜ学校に来たか、ではなく、前を向けているかどうか、だよな。たとえ学校に来たところで死んでいるのと同じであれば、何の意味もないんだから。
「……さすがにあまり明るい雰囲気は出せてないけど……目は、死んではいない、と思う」
「ふんふん。少しは、『このままじゃイケない』という気持ちは持ってるみたいだな。なら安心だ」
「……そうかな?」
「大丈夫だろ。そばに親友がいるんだから」
「……」
もうこの際、ここで百合フラグを立ててやろう。
「なんだ、あんたは真尋の親友じゃないのか? 頼まれてもいないのに余計なおせっかいを焼こうとしたり、休んでた真尋が登校したくらいでこうやって大騒ぎして喜ぶ。完全に真尋の親友ムーブじゃないか」
「…………」
なぜかモブA子はそこで黙り込んでしまった。
こいつは真尋の親友じゃないのだろうか。いやでもただの知り合いとかで、ここまで真尋のために心を砕くようなまねはしないよな。少なくとも俺は名前を知ってるだけのクラスメイトに対してこんな心配はしない。
……まさか本気で百合……ま、それならそれでいいわ。
「まあ、それはともかくとしてだ。そっちの調査はどうなってる?」
「あ、う、うん。知り合いのサッカー部員とかにそれとなく訊いてみたけど、そもそも真尋がそういうことをしてたってみんなが知ってるわけじゃないみたい。おもにレギュラー組から対応していたみたいで、先輩とかが優先されてて」
「そうなん?」
「うん。だから、すぐさま真尋の噂が広まるってことはないかもだけど……」
「どっちかっていうとそっちのほうが厄介だな。同級生なら
「そうだね……あと、ひとつ気になったことがあって」
「それはなに?」
「うん。橋爪くんって、実は真尋の前に彼女がいたんだよね。で、それと別れたから、真尋が橋爪くんに近づいたんだけど」
ケッ。
これがカースト上位ワイルド系イケメンの力ってやつか。女に困らない、ほっといてもあちらから寄ってくる。
ま、モテるのがうらやましいとかはない。恋人なんてただ一人だけいればいいんだから。ただそこに至るまでの道のりが険しいかそうでないかは生まれ持った脂質そのものだ。
……脂ぎってるとだめなんだよな。うん。
「つーか、その彼女は、真尋みたいな目に遭ってなかったのか?」
「実はあたしもそのあたりがどうだったのか探ろうと思ったんだけど、その彼女、不登校になってて、しばらく学校に来てないんだって」
「……
「やっぱりそう思うよね。でも、今までその彼女が真尋みたいなことをしていたっていう噂は、あたしも一切聞いたことないの」
「ふむぅ」
「とにかく、そのあたりをもう少し調べてみるから」
橋爪みたいなやつが学習能力を持っているとは思えない。程度の差はあれど、真尋と同じようなことを、橋爪の前の彼女もやらされていたんじゃないだろうか。
まあもしそうだったと仮定するなら、それに関する噂が流れてこないあたり、すぐさま真尋がさせられたことが広まることはないかもしれない。
「そうか。まあ、真尋の親友としてがんばれ。あとはモブA子に任せた」
とりあえず話は終わり、あとは親友に丸投げしよう……
「……
「あ?」
「て・ま・り。
と思ってたのに、そこでなぜか今までよりも鋭い目つきで俺をにらみつつ、モブA子は自己紹介を始めた。
その時初めて、モブA子の左目もとに泣きぼくろがあることに気づく。なんだ、モブのくせに無駄なチャームポイント持ってるじゃないか。耳が隠れるくらいのボブカットとセットで、俺の記憶に名前を残してやろう。
「わかった、手毬」
「いきなり名前呼び!?」
「自分で手毬って言ったじゃないか。不満ならいいぞもうずっとモブA子で」
「……はぁ、そうよね、アンタってそういうやつよね。顔を赤くした自分がバカみたい」
両手でほほを抑えながらうつむいて、モブA子改め手毬がつぶやく。
まあ確かに真っ赤なのは見ればわかるけど、今の会話のどこに顔が赤くなる要素があったんだ?
などと疑問符を浮かべていると、始業五分前のチャイムがあたりに響いた。
「……っと、これ以上手毬と無駄話する時間はないな。じゃあ何か話したいことがあったらまた来てくれ。別に話したくないならもう来なくてもいいけど」
「あんたは本当に、本当に……わかったわよ! じゃあ新しい情報をゲットしたら、また優弥のところへ報告に行くから!」
「? わかった」
顔の赤みが引けないまま、手毬はそう言って自分の教室へ駆け足で向かった。
ま、どうでもいいか。とりあえず俺は、爆弾が落ちるまで平穏な日常を送ろう。
そう誓いつつ、遠くなる手毬の翻るスカートを眺めていた。
―・―・―・―・―・―・―
が。
あわれ、平穏の時間は短かった。
そのすぐあとに、一人の女子生徒が自殺未遂をしたせいで、いやおうなしにあたりがけたたましくなるわけで。
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