心まで汚されてないなら

「真尋なら、自分の部屋の押し入れにこもってるけど……」


「いつの間に陰キャぼっちにジョブチェンジしたんですかね?」


「なんかね、そのほうが冷静になれるみたいなの。明るいところだと『ああ……こんなに明るいところでは、わたしの汚い身体が一目でわかっちゃう……』ということらしくて。光のない空間にしかいられないらしいわ」


「冷静になったというより悲観的になったってだけじゃないですか、それ」


 これで最悪のパターンが起きてたらたまったもんじゃない。事故物件女が自死したところでさらなる事故物件が増えるだけだというのに。


 というわけで、俺は千尋さんの許可を得て真尋のところへ向かうことにした。千尋さんは、『私がいないほうがいいでしょう』ということで、ここに残るらしい。


 さてさて、どーなることやら。



 ―・―・―・―・―・―・―



「帰って!!」


 そうして真尋の部屋を訪ねたが、ドア越しに拒否された。

 泣いていいですか?


「いやでも、真尋をこのままにしておくことは……」


 千尋さんが悲しむから、と俺が続ける前に、真尋から返事が来た。


「帰って!! 下手な同情も慰めもいらないの!!」


「……」


 ひどい仕打ちすぎない? 

 いやそりゃさ、俺は真尋の好み正反対だから、今さらかかわりたくないってのが本音だとしても。

 仮にも年月を重ねてきた幼なじみだろ? そんな縁は結局、身体を重ねたやつにあっさり負けるんか? 納得いかねえ。


 ……なんだかんだ言って、多少は未練があるんかな、俺。


 まあいいや、ドア越しにでも思ったことは言える。この様子なら自死とか選ばなさそうだし、ちょっときつく言ってもいいだろ。


「落ち込むのは仕方ないけど、自暴自棄になるのは違うだろうに。失恋してつらいのか? それだったら俺も同じだ、真尋に振られたからな。しかもそのあとにヒョロガリ呼ばわりまでされたんだぜ。俺が悲しくならないとでも思ってた? そんなわけないだろ。でも俺はぴんぴんもビンビンもしてるぞ」


「……」


「それとも、好きな男にそそのかされて、いいようにもてあそばれたことが悔しいのか? だけどそれはあくまでも自分の意志でやったことだ。拒もうと思えば拒めたはず。好きって気持ちに酔った自分が悪い」


「……」


 何も言い返さない真尋の態度をいいことに、さらに続ける俺。顔を合わせないで話すと、こうもズバズバ言えるってことに気づいた。遠慮も伴侶も不要だぜ。


「そして、ひょっとすると自分の身体がこれ以上なく汚れちまったことが、自己嫌悪に拍車をかけてるか? アフォらしい。自分の意志で身体を許したのに、そこにキレイも汚いもあるか。そんなことに悩むくらいなら哲学で悩め。好きな人に身体を許すのは汚くはないだろう。なら、好きでもない人に身体を許すのが汚いのか? ならば、好きな人のために好きでもない人に身体を許すのはどうなんだ? 本当にくだらないな、その基準は自分の心しだいだ」


「……」


「真尋の身体は確かに男どもの白濁液で汚されて、粕漬けみたいになったかもしれない。だけどな、他の誰も、真尋の心にスペルマキアートぶっかけて汚すことなんてできねえんだよ。身体の汚れなんてウタマロ石鹸で洗えば落ちるもん、なにも気にすることねえだろ」


「……」


「それに、もし俺だったら、『身体が汚れてる』なんて女子は別に気にしない。洗えばいいだけの話だ。それよりも、陰で人のことを馬鹿にしてあざ笑ったり、裏表ある接し方をしている女のほうを汚いと思う。心が汚れてる女は、心底そう思う」


「……」


「だから、もう起きちまったくだらないことを気にすんな。自分の選択が間違ってたとしても、やましいところがないなら堂々としてりゃいいんだ。そして次は同じ間違いを繰り返さない、でいいじゃねえか。心まで汚されてないならな」


 途中、俺がディスられた嫌がらせも込めてみた。

 いや本当にさ、俺を傷つけておきながら、無邪気に橋爪とのことで振り回してくれたあげく、しまいには周りに迷惑掛けておいてしりぬぐいまでさせるとか。

 俺への迷惑防止条例に違反してるって気づけよ。


 まあいい。言いたいことはだいたい言ってすっきりした。自分のためにもなったし、このおせっかいは幼なじみとして真尋にかける最後の情けとする。


「じゃあ、言うべきことは言ったから、俺は帰るわ。あと、千尋さんをこれ以上心配させんなよ。母ひとり子ひとりの家族なんだからさ」


 真尋部屋のドア越しにそう言って去ろうとしたとき、消え入りそうな声がかろうじて耳に届いた。


「……ごめん、なさい……」


 俺は何も返事はしない。もう話すことはないしな。心の傷と心の汚れは別物だ。

 さ、とっとと帰って勉強しよう。

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