教育失敗

 さて。

 モブA子に対して大見得を切ったはいいが、具体的にどうすればいいのか例題が見えてこない。


 ま、なんだかんだ言っても、真尋にとって俺は『ヒョロガリの生理的に受け付けないキモイ幼なじみ』ってだけなんだろうし。俺は俺でその言葉を耳にして恋心も醒めたし。

 重ねた月日の分だけ多少の情はあるとしても、それだけだ。むろん発情とか激情とかの情ではなく、同情とかのそれである。


 ……同情、か。


 つか、ガチで妊娠とかしてないだろうな。

 もしそんなことになった挙句その噂が広まったら、とてもじゃないが高校にはいられなくなるだろう。マチュピチュに引っ越しする羽目になったりして。


 ……そうなると当然、千尋さんのおっぱいも輸出されちゃうんだよな。それは日本の損失である。


 ま、うだうだ考えても仕方ない。真尋とも千尋さんとも知らない仲でもないんだ、晩御飯よろしく突撃するのが手っ取り早いだろ。

 ふたりの腹の中は、心理的な意味でも物理的な意味でも知らないけどな。


 ──などと考えを巡らせつつ、自分の家に帰宅したら。


「優弥くん、本当にごめんなさい」


 いきなり家に訪問していた千尋さんに土下座された。乳が重力に負けている。お、首元から何か見えてんぞ。


「千尋さん、玄関開けたら二秒で土下座とか、なんすかいったい」


 性少年には刺激的だったので、それをごまかすように反射的に言葉が出ちゃった。


 千尋さんはその言葉を受けると、上半身をあげて俺に向き合ってきた。あら、残念。


「真尋からいろいろ聞いたわ……」


「ああ……といっても俺は別に、精神的なもの以外では実害食らってないんで、土下座して謝られても困るんですけど」


 嘘でもあり本当でもある。

 できればずっと土下座させたまま谷間を味わっていたい気持ち、千尋さんに申し訳ないから土下座をやめてほしい気持ち、どちらも本物だ。

 フクザツ。


「本当に、馬鹿な娘……まさか、こんなことになってるなんて思わなかったの」


「……」


 この言い方からして、どうやらほんとうにいろいろ聞いたらしい。

 そうなるとさすがにこのままでは落ち着かないので、千尋さんを立ち上がらせて、リビングでお話しすることにした。当然ながらうちのオカンも一緒である。


 で、三人で卓を囲んで、三人麻雀よろしく対話再開。


「真尋からいろいろ聞いているならば俺からの説明は不要でしょうけど、さっきも言いましたが俺は別に精神的なもの以外では実害食らってないんで、謝罪されてもみじめなだけなんです。なので謝らないでいただければ」


「……違うのよ、優弥君」


「ほ?」


「真尋があんな行動に出たのは、私たちのせいでもあるの」


「……どういうことですか?」


 まあもちろん真尋のあんな行動ってのは、橋爪に言われるがままクスコ王国の国王に就任しマ〇コ・カパックを襲名した、ってことなんだろうけど。


「優弥。小さいころから、私たちは優弥と真尋ちゃんをくっつける計画を立てていた、って話はしたわよね」


「ええ……でもそれを別に、真尋に強制してたわけではないんでしょう? 俺もステマみたいなマネはされたけど、強制されてはいなかったし」


「それがいけなかった、みたいなの」


「ん?」


「私たちは、『優弥君みたいな頭のいい人と結婚したら、きっと幸せになれると思うわ』と真尋を洗脳……いいえ、言いきかせていたのよ」


「いま、洗脳とか言いませんでした?」


「言い間違いよ。でも、それに真尋は反発しちゃったの。そんなことを強制されても困る、わたしは自分で好きな人を選ぶ、みたいな感じで」


「ああ……」


 なんとなく理解はできた。

 つまり、異世界恋愛なんかでよくあるやつだ。幼いころからの許嫁がいるけど、敷かれたレールの上を歩くのが我慢できなかった、自由な恋愛を楽しみたい、みたいな。


 真尋がその自由な恋愛を求めた挙句、最初からいきなり性的な自由恋愛だけでなく性的な無法地帯だか無法痴態だかまで進んでしまえば、千尋さんが教育方針が間違っていたと後悔してもおかしくないだろう。これが処女後悔ってやつね。


 …………


 そう思うと、何の疑問も抱かなかった俺はしれっと洗脳されていたんかな。

 いやでも、幼いころから一緒にいれば情だけでなくほのかな恋心が生まれてもおかしくないよね。フツーだよね。


「おまけに……」


「え、まだなんかあるんですか?」


「真尋を、貞淑でおしとやかな女子にしたかったから、真尋の成長過程で性的なものを排除したのね。性行為を連想させるような漫画やアニメ、グラビアや雑誌などは目が届く限り真尋から遠ざけたわ。性教育も最低限のものしかしなかった」


「……それは」


「そう、結果としてやりすぎだったわ。おかげで真尋は汚いものを知らないまま第二次性徴期を迎えて、性的な認識がゆがんでしまった」


「……」


 なるほど、そういう方面でえげつない女子と話をすると、無駄な性的経験でのマウント取り合いなどするみたいだし。

 性的免疫がないままそうなると、友人たちから得られるような性的痴識が貞操観念をゆがめるよな。


 ま、ゆがみすぎにも思えるのが滑稽だが。


 確実に世の中に存在するものを、ただ汚いものだからって遠ざけようとすると、こういうふうにどこかでゆがみが出るんだなあ。こなみ。

 性的なものに限らず、教育ってのはキレイも汚いも触れてこそ、なのかもしれん。


 となると、まだ真尋は立ち直れるのかも、なんて思った。まあ今回の経験でばっちいものばかりに触れすぎた感はあるけど。

 恋心ってのは不思議なもんだ。好きな人のせーしは汚くない、好きじゃない人のせーしはばっちい。でも好きな人のためなら、好きじゃない人のせーしもばっちくならない。哲学かよ。


 …………


 やっぱり、真尋と話、しなきゃならないかー。


「……で、真尋は今どこにいるんです?」

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