幼なじみをわからせよう(ただし言葉で)

「……なんで真尋が俺の部屋にいるんだよ」


 橋爪と話をしたあと、参考書を探しに書店に寄ってから帰宅したら、なぜか真尋が俺の部屋の中で正座しながらちょこんと座っていた。


「ここを訪ねるなり、いきなりおばさんに背中を押されてここの部屋に入れられたんだけど……」


「ファッキンマザー」


 部屋を掃除したばっかりだったからまだいいものの、いくら幼なじみだからって女子を勝手に俺の部屋の中に入れるなオカン、ばっきゃろー。しかもなんか壁越しにオカンズの気配を感じる。うかつなことはできないな。


 まあ、真尋がベッドの下をあさったりしてないようで何より。そこに隠してあるエロ同人誌を見つけたら、真尋の表情にもっと嫌悪感が出ているはずだしね。


「というか、なんで来たんだお前」


「え……だ、だって、優弥にわたしの身体を差し出さないと、遊助がひどい目に遭っちゃうんでしょう……?」


「……いやさ、真尋。以前に、俺のことは生理的に無理、みたいなこと言ってたよな? どういう心境の変化よ?」


「えっ……ち、違うの、あれは、言葉のあやっていうか、その……」


「言葉の島津亜矢だか松浦亜弥だか山本彩だか知らないけど、心にもないことを口にするはずがないだろうに」


「最後の人だけ、『あや』じゃないけど……」


「うっせえわそんなツッコミ期待してねーよ!」


 これからツッコまれるかもしれない立場のくせに、逆にツッコミ入れてくるとはいい度胸である。これが逆レイプってやつか。


「つーかそこまで嫌いな俺に体を差し出して好きにしていいなんて、どんだけ自己犠牲の精神にあふれてるんだお前は!? 異世界に転生すれば聖女になれるかもしれないけど、今この現実では真尋はただの性女どころか便女だぞ!?」


 ちなみに便女ってのは、便利な女という意味もあるらしい。日本語って女体並みに奥が深いな、意味深な掛詞かけことばだ。ま、掛けられてるのは白い液体なんだけどさ。

 今日はそれを真尋の奥深くに掛けられてもおかしくないってのに、なんでこいつはここまでへーぜんと橋爪の言うことに従ってるんだろう。


「だって、遊助のためなら、わたし、平気だから……」


「……」


「わたしは、遊助の支えになりたいの。わたしがそうすると、遊助はありがとうって言ってくれるの。だから、遊助が望むなら、わたしはなんでもできる」


 明らかに自分に酔ってるその言葉に呆れてしまい、思わず真尋と目を合わせてしまった。真剣なことこの上ない目だ。


 やべえ、これ本気で言ってるよ。橋爪にクスリ盛られてラリってんじゃねえのか。

 ラリパッパラリパッパ、ラーリラリラリ。


 ……思わず脳内で歌が流れてしまったわ。


 だが、ある意味、その言葉に嘘がないと分かって、妙な感動が込み上げてきたのも事実だ。

 そっかー、真尋は出会ったんだな。運命の相手に。感慨深すぎて、真尋を賞賛せずにいられない。


「……すげえよ、真尋」


「……えっ?」


「お前は、自分をとことん犠牲にしてでも、守りたい相手ができたんだな。すげえよそれ、全米が泣くどころじゃなく全息子すらスタンディングオベーションの感動もんだよ」


「そ、そんな大げさなものじゃないよ……」


「いやだって冷静に考えてみろよ。今後捨てられる可能性もないわけじゃない今の状況でさ、橋爪の将来のために好きでもないファッカー部員とか俺とかに身体を差し出して好きにさせてるわけじゃん。当然おっぱいや漫湖だけじゃなく口も尻も穴という穴すべて蹂躙されてんだろ? 性癖なんて十人十色だもんな」


「……」


「おまけに、それで真尋が得られるものって橋爪の『ありがとう』の言葉だけだろ? まあ本当に感謝しているのかすら怪しいけど。新大久保あたりにわらわら沸いてる立ちんぼ女ですら、同じことやって金銭という対価を得られるってのにさ」


「…………」


「そのうえ、それだけ身体を三所責め、いや四方八方に好きにさせてれば、今回の俺みたいに無関係な奴らに絶対バレるわけで。そうなったら間違いなく真尋につくあだ名なんて『ヤリマンビッチのくされ漫湖』レベルで済むはずもなく、『穴兄弟量産型ビッチ』とか『エロ娘プッシーダービー』とか『病気のバイリンガル』とか『ガバガバなマントルの熱さを直で味わえる恥丘ちきゅうビッチ』とか『ホストに貢いで破滅する女より救いようがないバカ』とかになっちゃうもんな」


「………………」


 感動して思わず早口でまくし立ててしまう俺。人間、真の感動に出会ったらこのくらい止まらなくなるよな。


「だいいちさ、計画自体が頭悪すぎるんだよ。真尋の漫湖レベルでガバガバな大学推薦計画とか、絶対に破綻すんだろ。それに気づかないくらいの頭の悪さだったら仕方ないけど、真尋はそこまで馬鹿じゃないもんな。ぜったいにうまくいくわけないって頭のどこかではわかっているはずなのに、それでも橋爪のために行動できるって、もうこれ自己犠牲愛の最上級じゃん」


「……………………」


「ほんとすげえよ。橋爪以外に何度も何度も股開いて突っ込まれて、屈辱とおたまじゃくしにまみれていやな思いもたくさんしたと思うけど、それでも気がふれずにそこまで尽くせるって間違いなく真実の愛だよ。断言する。今となっては、俺なんかが真尋に告白したことがすごく恥ずかしく思えるわ。俺にはそこまでの覚悟はなかったから」


「…………………………」


「いや、本当にすまんかった。少しばかり、真尋が橋爪に騙されて言いくるめられてる部分もあるかもしれないって、俺は疑ってた。だけど今から認識を改めるわ。もう俺は真尋たちの今後に一切口を出さないと約束しよう。なにがあろうと見て見ぬふりしておく。だから安心して橋爪のためにほかの男にどんどん身体を差し出して、もういっそ全校男子を全員穴兄弟にしちまうところまで突き進んでくれ」


「……も、もう、やめて……」


「なんでだ? この程度じゃ、全然賞賛しきれてないぞ。そうして橋爪がのし上がっていく傍らで、自分がボロボロになりながらずっと支える真尋がいつまでも幸せに……」


「だから、もうやめて……ほんとにやめて、もう、むり……」


「は?」


 気が付けば、興奮して思わずこぶしを握っている俺とは裏腹に、真尋は正座したままうつむいて、ただただ小さくなっていた。顔色は良く見えないが、赤くも青くも見えてしまう。


「……」


「……」


 真尋がそのまま何も言わなくなったので、俺はお付き合いで黙ったまま様子をうかがっていたが。

 やがて真尋は足がしびれたのか、突然立ち上がって。


「……帰る。ありがとう、優弥」


「? あ、ああ。またな」


 そのまま俺の部屋を出て行った。


 なんや、ほめられすぎて照れ臭くなったんかな。それともやっぱり、いくら橋爪に言われても俺といたすのは生理的に無理だと再認識したのか、わからん。

 ま、俺も何か致す気はもうないけど。人の恋路を邪魔してウマガールに蹴られたらいやなので。

 残念そうだったのは壁越しにいたオカンズだけだった。


 とりあえず、そんなかんじで真尋の訪問イベントは終わったのだが。


 ──その数日後、俺は『真尋が橋爪と別れた』という噂を耳にして、マジで驚愕することとなる。


 真実の愛、どこ行った?

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