転落人生

「ねえ、優弥君」


 ヒョロガリが細マッチョの道を着実に歩いている途中の、ある日曜日の夜。

 コンビニにライフガードを買いに行く途中で、真尋のお母さま、千尋ちひろさんから呼び止められた。

 ちなみに千尋さんもシンママである。シンママつながりでうちのオカンと仲良くなったという経緯があったりして。見た目は完璧に二十代後半でとてもじゃないが一児の母と思えないのだが、こんな美人でもシンママになってしまうとは。

 結婚ってそんなにうまくいくハードルが高いのかねえ。


「どうしたんすか、千尋さん?」


「あの、最近の真尋の様子なんだけど……」


「……」


 はてさて困った。口止めされてるから、うかつに言ったらハブられるかもしれん……って、もうすでにハブられてる以下の立場だわ。せめてパフられるくらいの立場にはいさせてほしい。

 まあそれでも約束したことを簡単に破るわけにいかんよな。簡単に破っていいのは処女を捨てたい女の膜だけだ。


「最近、見た目がちょっと派手になっただけじゃなくて、帰宅も遅くて……おそらく彼氏ができたっては分かるんだけど、なんだか親としては心配なのよ」


「ごもっとも」


「なんだか、若い時の私を見ているようで、ね……」


 ん?

 まさかまさかの、自分語り。


「ひょっとして、千尋さん高校時代ギャルだったんですか? 『チョベリグ~!』とか言っちゃうような」


「その言葉をよく知ってるわね……さすがに『チョベリグ~!』は使わなかったけど、それなりに青春は謳歌していたと思うわ」


「物は言いようだなあ」


 会ったばかりでセクロスしちゃう人を『自由な女性』とか言ったり、二股三股しているのを『ポリアモリー』という単語でごまかすような感じか。

 ぶっちゃけそういう人間とは人種が違うと俺は思っているので、分かり合えるところはない気もする。


「だからね……痛い目に遭って、『パートナーに必要なのは堅実さで、息子の堅さではない』って思い知る前になんとかできればいいと思っているのだけど」


「ある意味千尋さんの下ネタは俺にクるのでやめてもらっていいですか」


「あらごめんなさい。でも、本当に学生時代から油断するとだめなのよ。私は高校時代の彼氏と結婚したんだけど、それがろくでもない男で挙句に私が妊娠しているときに浮気なんかしやがったせいで別れる羽目に」


「ああ……」


「だけどね、その彼氏は高校時代は格好よく思えたの。それでも高校を卒業したらただのダメ男になっちゃった」


「……よくわかりませんが、夏に海で出会った男がなぜか格好良く見えるようなものですか?」


「それよ!! 私のタダマン返せ、って言いたくなるようなそれよ!!」


「うわー……」


 ドン引き。

 そこは自分の意志で許したんじゃないんかい。そういうパターンであとあと『この性行為は合意の上じゃなかった!』とか言い出されたら男のほうはたまったもんじゃないわ。いやたまってるから行為したとしても。


 なるほど、千尋さんが結婚に失敗した理由がなんとなくわかった。


「たぶんだけど、男の好み、高校時代の私と似ているのよね、真尋は」


「……ちなみにどういう?」


「ちょっと悪ぶってるけど、喧嘩が強そうで頼れそうな人」


 さすが母親。よくわかってらっしゃる。


「というか、それは思春期の女子みんなそうでは」


「んー……まあたしかにそうかもしれないわ。私としては、成績優秀な男の子と付き合ってほしかったんだけど。優弥君みたいなね」


「俺は、男として見られないって本人が言ってたから無理ですよ。はっはっはー」


「……私くらいの年齢になると優弥君みたいな男の子はすごく魅力的に映るんだけど、ねえ」


 あえて深く突っ込まれないように先手を打ってみた。

 まあ帰宅しないで何してるかなんて、ナニしかねえわな。母親としては複雑だろうが、それは誰もが通る道である。

 童貞、って詩にもあっただろ。棒の前に道はない、棒の後ろに道はできる。人はそれを産道という。


「本人が自分の意志で行動してるわけですし、幸せならいいんじゃないですか?」


「……それはそうだけど」


「実際俺も細かいこと知りませんしね。じゃ、これで」


「あ、ああ、呼び止めてごめんなさいね」


 とりあえずボロを出す前に退散しよう。ボロをボロンと出しちゃったらワイセツ物チン列罪で捕まっちゃうもんね。理論武装のトレンチコートなど着る余裕もないし。





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