第35話 最強達の志

 観光を続け三時を回った頃。アンナが小腹が空いたと言い出したので、我らは近くのカフェへと立ち寄っていた。

 適当に選んだにしては当たりの店だったようで、景観も良く、厨房の奥からほっこりするような良い匂いがしてきた。

 ひとまず我らはそれぞれで注文を済ませ、コーヒーを啜りながら料理の到着を待った。我もブラックコーヒーに角砂糖を大量に投入し、その味を味わう。

 ……うむ、今日もこの甘みが良い味だな。


「ボ、ボロス君……? それは一体……?」

「えっ、ブラックにそんなに砂糖入れるのか? ダメだ、理解が追い付かない」

「いやいやいやいや理解不能デス! そんなに砂糖入れるなら最初から甘めのコーヒー頼めデス!」

「……非常識」


 だがその我の姿を見た皆が一斉に反論した。

 ……え? ブラックコーヒーに砂糖沢山入れて飲むのは普通では無いのか?

 そういえば以前、ガンマさんの家で同じことをした時も、ガンマさんは不思議な表情をしていたな。


「いやいや、これがまた美味しいんですよ! ブラックの苦みが無に帰すくらいに角砂糖を入れまくって現れる至高の甘み! これに勝るものなし!」


 我が熱く語ると、反対に皆はどこか引いたような表情をしていた。空気が凍り付く。


「流石ボロス様! センスがは百年先を行っている! 正に流行の最先端!」


そしてこの風見原フーコは相変わらずうるさいな。鬱陶しい。

 だがしかし、我の行動により、会話が途絶えてしまった。その場を沈黙が支配していた。

 元をたどれば、この状況を作り出してしまったのは我だ。我が何とかしなければ……。


「あーそうだ、俺、皆さんが冒険者になった経緯を知りたいなー……」


 最早何を言えば良いか分からなかったので、我は咄嗟にそんな事を口走ってしまった。反応が少し怖かったが、全くそんな事は無かった。


「お、それいいな! 多分俺達も言ったこと無かったよね?」

「そうだな。俺はこの前ボロス君に言ったけど、それだけだな。この際に伝えておくのも良いかもしれないな」


 意外と皆の反応は好意的だった。というか、これまでに言ったこと無かったのか。


「それじゃあ、じゃんけんで順番決めよ!」

「オーケー! ボロス様が冒険者になった経緯、気になるわ~!」


 そして公平なじゃんけんの結果、まさかのトップバッターは我になってしまった。


「それじゃあボロス君、冒険者になった経緯を!」

「え……、普通に金目的だな。それ以外には特にない」


 あまりにも普通の答えすぎて、またもや空気が冷めてしまった。本日二回目。


「うん……それじゃあ次! ガンマさん、お願い!」


 アンナの強引な司会進行により、話の権限はガンマさんへと移った。彼はあの時我に語ってくれた、自らが冒険者として戦う理由を皆に熱く語った。


「うっ……、ガンマさんにそんな過去があったなんて……! 俺、感動しました!」


 特にカイトなんかは大泣きだった。彼は特にガンマさんに憧れているようだからな。


「それじゃあ次は……ボクか。ボクが冒険者になったのは、ギルドからスカウトがあったからなんだ。何だか素質があるとかなんとかで……。でも私は花屋の仕事も続けたかったから、配信はせずにひっそりと活動してたんだ」


 そういえば、ギルドが優秀な冒険者を集めるためにスカウトを行っているという話は聞いたことがある。実際そのスカウトでAランク冒険者を発掘できているのであれば、ギルドはかなり見る目があるのだろう。


「ボクの番は終わり! 次、ライト君!」

「了解デス! ワタシ、アメリカにいた頃に日本のダンジョン配信の動画を見まして。それでダンジョンに憧れて来日して、冒険者として登録したんデス! そしたら何故か、ワタシにかなりのセンスがあるとかで……。まあ纏めると、ダンジョンで戦いたくて冒険者になりマシタ!」


 成程、ここにもダンジョン配信に感化された者がいたか。だがしかし、その本質は戦いにあるように見えた。さては、ナチュラルボーンの戦闘狂か?


「でもダンジョン配信に憧れて冒険者になったなら、どうしてダンジョン配信者にならなかったんだ?」

「ワタシもやってみようとは思ったんですが、配信の仕方がよく分からなくて……。当時はまだ来日したばかりで日本語にもあまり詳しくなかったので、挫折しちゃったんデスヨネ……」


 まあ確かに、配信の事前準備等はいつもコブリンがやってくれているが、彼でも最初は少し戸惑っていたから、意外と難しい作業なのかもしれない。それをいつもやってくれているコブリンにも礼を言わなくてはな。


「次、ダイゴさんだよ!」


 アンナがダイゴに声をかけるが、彼は何も言わずに固まっていた。アンナが恐る恐るその鎧に触れると、ようやく反応して喋りだした。


「……俺が冒険者になったのは、両親を殺した魔物どもや魔王に復讐するためだ。自然発生した魔物に両親は殺されたが、俺はしっかりとそれを仕向けたのがディア十七世だと見ていた。俺は魔物と魔王を許さない。いつかこの手で倒す」


 ……ごめんなさい。魔王目の前にいます。

 やはり、父上が魔王だった頃に野生魔物による被害が多かったのには、父上が一枚噛んでいたか。ここまで来ると、マシンゴーレムの件も魔鉱石の件も、ほぼほぼ父上がやった物として見て良さそうだ。

 そしてダイゴが語った経緯だが、大体はガンマさんと似通っていた。だが、彼から感じる魔物や魔王への憎悪は、ガンマさんとは比べ物にならないほど大きかった。我の正体がバレたらまずいことになりそうだ。


「それじゃあラスト二人! フーコさん、お願い!」

「そうね……、私が冒険者になったのは、暇だったからよ!」

「……は?」


 予想だにしなかった答えに、全員があんぐりとしていた。それを見たフーコは、嬉々として語りだす。


「ほら、私は風見原財閥の令嬢だから、何不自由なく生きてきたのよ。でも、それだと少し退屈で。運良く私には魔法や体術の才能があったから、暇つぶしに冒険者を始めたってわけ」


 ……やはり何というか、この女ムカつく。言動の節々に上手く言い表せないような不快感がにじみ出ている。

 皆も同じような事を感じたのか、少し引きつった顔をしながら、次の話を待っていた。


「それじゃあ最後、カイト君お願い!」

「俺かー……。俺が冒険者になったのは、ガンマさんに憧れたからなんだよな。本人の前で言うのもアレだけど、ガンマさんの努力を欠かさないストイックな姿に憧れて、俺もそんな風になりたいと思って、冒険者になったんだ。バンドが売れない時期も何とか頑張ってこれたのも、ガンマさんのお陰だったから。そんなガンマさんに認めてほしくて、俺はバンドも冒険者も頑張って来たんです」


 そのカイトの真っ直ぐな眼差しからは、純粋なガンマさんへの敬愛の意志が見て取れた。我も、ガンマさんの姿はとても偉大だと思っている。それはカイトも同じ、だが熱量が圧倒的に違った。

 誰かに憧れるという心に、我は初めて触れた。これもまた、人間の素晴らしい感情の一つなのだろう。


「カイト君……、ありがとう。俺は冒険者としての君も、ジェットスニーカーズとしての君も尊敬してるよ。俺の姿が君が頑張る力になれていたのなら、俺も嬉しいよ」

「ガンマさん……! 俺、これからも両方頑張ります!」


 カイトはまた泣き出していたが、その涙は認められた嬉しさとこれからも頑張るという決意から出た物だろう。そんな彼の姿は、我には輝いて見えた。


「これで全員終わりだね! ……気づいたら皆食べ終わってる。それじゃ、そろそろ出よっか!」


 アンナの一言で、我らは店を出ようと動き出す。皆の夢や理念が聞けて、とても有意義な時間だった。


「あ、支払いはもちろんボロス君がお願いね?」

「ボロス、頼んだ!」


 ……あっ。この事すっかり忘れてた。我、ブラックコーヒーに入れるための角砂糖、五十個くらい買ってしまった……。

 この後、我は無事に財布の氷河期を迎えたのだった。

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