第36話 ボロスの決意
「ふぅー、楽しかったな! 今日はこれで解散だ! みんなお疲れ様!」
太陽も沈み始めた頃、ガンマさんの一言でようやく観光は終わりを告げた。
「ねぇねぇ、誰か一緒に帰らない?」
アンナは未だ観光気分が抜けていないのか、それとも元からこんな感じなのか、底抜けて明るい様子で聞いて回っていた。
だが、我以外は全員横浜に一泊するようで、その誘いを断っていた。
「全員泊ってくのかぁ……。ボロス君は?」
「俺は泊まりじゃないけど、一緒に来た人がいるからその人と帰る事になるかな。ごめん!」
我が謝りながら告げると、アンナは少ししょんぼりとした様子で去っていった。そして、代わりに鬼の形相で迫ってくる者が一人。
「ボロス様、まさか一緒に来た人ってあの女じゃないでしょうね……?」
流石の勘というべきか、フーコの考えは当たっていた。
もうなんか……、こいつしつこい。
「違う。俺のマネージャーと来たんだよ」
「本当ですかねぇ……? まあ、私はボロス様の言う事を信じますけど!」
我はそこで会話が終わったと判断し、面倒事に巻き込まれぬうちに撤退しようと思ったのだが……。
「ボロス様待って!」
「まだ何かあんのかよ⁉」
残念ながらフーコに呼び止められてしまった。あまりレイさんを待たせたくないんだ、頼むから手早く済ませてくれ。
「ボロス様、私とコラボして! 明後日ね!」
はぁ? コラボ? しかも明後日?
いくらなんでも唐突すぎる。気は確かか。
「いくらなんでもいきなりすぎないか? 何でそんな急に……」
「だって、ガンマとコラボしておきながら、後の正妻である私とコラボしないのはおかしいでしょう? いずれはコラボするんだし、だったら話題になってる今の方が良いでしょって話よ!」
此奴とコラボしたら、気持ち悪い戯言で配信が埋め尽くされて人気を失う可能性さえ出てくる。話が成立する前にトンズラしようとしたが……
「あ、もうマイッターに投稿しちゃいましたよ、コラボの件。別に良いですよね!」
……本当だ、既に投稿されている。しかも既に結構拡散されている。
これは、やるしかないのか……。
「それじゃ、明後日また会いましょー!」
我が無心で立ち尽くす中、フーコは颯爽とその場を去っていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「なるほど、そんな事があったんですね」
「ああ、もう散々ですよ……」
帰りの電車の中で、我はレイさんと今日あった事を話していた。
「でも、フーコさんとコラボできるのは結構良くないですか? 私も『フーコの部屋』の動画はよく見てますけど、普通に面白いですよ?」
「まぁあの人も、腐ってもAランクのナンバー2だから、強いのは確かなんだけど人柄に問題がありすぎる。レイさんも、コメント欄でのガチ恋ネキの暴れようは見てたでしょう? アレが配信中ずっと繰り広げられるかもしれないんですよ?」
我がそう伝えると、配信中のガチ恋ネキの奇行の数々を思い出したのか、レイさんの顔が若干引きつった。
「まぁ、アレが生で出てくるのは確かにヤバいかもしれませんね……。実際この前の配信でフーコさんが乱入してきた場面は少し炎上してたみたいですし」
やはりアレは炎上していたのか。というか、あのライブ奇行に加えて、しれっと規則違反までやってのけていたので、当然といえば当然だが。
「まあ、何とか生還してみますよ……。あんな女の気持ちに応えるつもりも全くありませんし」
我はフーコへの嫌味のつもりでそう言ったのだが、それを聞いたレイさんが少し頬を赤らめてこちらを見ていることに気が付き、我は焦って何も言えなくなってしまった。
もしかして、レイさんは我の事が気になっていたりするのか……?
それに越したことはないが、我はふと思ってしまった。
我は人間ではなく、魔王なのだと。
仮にレイさんと良い感じになったとしても、いつかはその事がバレてしまうだろう。そうなったら、レイさんはどう思うだろうか。
彼女は、「影山ボロス」ではなく「ボロス=ディア」を受け入れてくれるだろうか。
そう思った途端、我の心に分厚い黒い雲がかかったような気がした。いくら模索しても決してその答えにはたどり着けない、分からない事に対する不安と恐怖だ。
「ボロスさん……? 大丈夫ですか?」
かなり暗い表情をしてしまっていたのか、レイさんが不安そうに聞いてくる。
「あぁ、大丈夫。大丈夫ですよ」
「なら良かったですけど……、ボロスさん、何か不安な事とかあったら、私で良ければ相談乗りますよ! 私、ボロスさんの力になりたいです!」
我の事を心から心配してくれているのだろう、レイさんは真っ直ぐな瞳をこちらに向けながら我にそう伝えた。
……純粋な彼女をこれ以上騙したら、何ともいたたまれない気持ちになるだろう。
やはり、レイさんにはちゃんと伝えるべきだ。彼女にどう思われようと、彼女に対して自分が人間であると騙し続けるよりは遥かにマシだと思った。
いずれは公に向けて我の正体を明かすつもりではあった。だが、やはりレイさんにはきちんと向き合って伝えるべきだと思った。
そして同時に、我の思いも伝える。我がレイさんに抱く全ての思いを。
「ボロスさん、そろそろ降りますよ!」
そんな事を考えていると、レイさんが慌てて我に伝えてきた。荷物をまとめて電車を出て、再び駅という魔境をくぐり抜けてゆく。
そして外に出ると、白く柔らかい雪と、雲の隙間から覗く煌々とした星々が我らを出迎えてくれた。
「ボロスさん、凄く綺麗ですね!」
「ああ……。良い景色だなぁ」
心の底からそう思った。そしてやはり、それを眺めるレイさんの姿も美しく映っていた。
「……レイさん、次に会った時にお話ししたいことがあります。……良いですか?」
「はい! 大丈夫ですよ!」
我は覚悟を決めて、レイさんにそう告げる。
カイトが用意してくれた舞台。九日後———クリスマスのライブの後で、全てをレイさんに話そう。
「じゃあ、また来週のクリスマスの日に!」
「はい! 待ってますね!」
多分、この九日間は今までで最も長い九日になるだろう。
来ないでほしいけど、早く来てほしい。
そんな相反した感情を抱えながら、我は雪の降る中を歩いて行った。
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