第58話 醜き者の成れの果て
あの戦いから三日が経ち、今日は十二月二十四日。世間で言うクリスマスイブだ。親父が暴れて破壊された街は、少しずつだが着実に復興が進んでいた。これもやはり、人間の良心の表れか。
魔王政府としても、今回の件の責任の一端があるという事で、復興には最大限の協力をするという事になっていた。今もコブリンを始めとした我の部下たちが、人間達と共に街の復興に励んでいるだろう。
復興やクリスマスイブで活気づいている街とは裏腹に、我が今来ていたのはギルド省の地下収容所。街の活気は分厚いコンクリートの壁で遮られており、まるで全く別の世界を切り抜いて持って来たかのような錯覚に襲われる。
我は牢獄の中を歩いていき、ある牢屋で立ち止まる。そこにいるのは……
「随分と貧相な姿になったものだな、風見原フーコ」
以前とは見違えるほどボロボロの服を着て、高貴さなど微塵も感じられなくなった風見原フーコがそこにはいた。無実のレイさんに罪を着せ、市民を陽動し、さらにレイさんをことごとく気付付けた罪で投獄されているのだ。
「……ボロス様?」
「その呼び方で呼ぶな、汚らわしい。我の事は魔王だと分かって冷めたのではなかったのか?」
我がそう言うと、フーコは檻を掴んで必死の弁明を始めた。
「違うの! 私、最初はボロスが魔王だと気付いてとても幻滅したわ……。でも、今となっては国を救った英雄じゃない! 私の見る目が間違ってたわ! 貴方は本当に素晴らしい魔物よ! 他の魔物とは違う! だからもう一度、私にチャンスを———」
「下らん。黙れ」
醜く足掻くフーコの戯言を、我は一言放って黙らせる。そして、そのまま彼女に物申す。
「貴様……、結局は自分の見栄えしか気にしていないのだろう。どうせ最初に惚れたのも、彗星のごとく現れた人気配信者と付き合えば注目を得られるとか、そんな理由だろう?」
フーコは反論しようと口を開けかけたが、思い当たる節があったのか、そのまま黙ってしまった。
「結局、貴様はどこまで行っても自分本位でしか無いのだ。だから自分が嫌いだったという理由だけで、あんな惨いことをできる。貴様のような人間がいるから、親父の人間への印象も悪くなったのではないか? とにかく、我は貴様を許すつもりなど微塵もない。ましてや、貴様と結ばれるなどまっぴら御免だ。もう二度と我の前に現れるな。失せろ」
そう言って、我は牢獄を後にしようとする。だが、フーコはまだ悪あがきを続けていた。
「構わないわ! アンタがその気なら、こっちは金の力で無理矢理くっつけるまでよ! 風見原財閥の力を舐めないでくれる? 本気を出せば、レイなんて簡単につぶせるんだから」
フーコは未だに財閥の力を自分の力だと勘違いしているようだった。何と愚かなのだろう。そんな彼女に、我は現実を教えてやる。
「そうだ、忘れていたが、貴様の父であり風見原財閥の現会長の風見原ハヤト氏から伝言を貰っていたのだった」
「パパから……? もしかして、ここから出してくれるの!?」
未だにフーコはそんな甘い希望を抱いているようなので、我はそれを粉々に打ち砕いてやる。
「『冒険者としての規則を破って牢屋に入れられるような娘に財閥を継がせる訳にはいかない。今回の件の責任を取って、フーコの全財産五十兆円を復興支援および魔王政府と河井レイへの慰謝料として支払うことにする』だそうだ。牢屋に入れられるような馬鹿娘は風見原財閥にいらないそうだぞ?」
それを聞いたフーコは顔面蒼白になっていた。そしてしばらくの沈黙の後、檻にしがみついて顔を歪めながら醜く泣きわめいた。
「ちょっと! パパ! やめてよ! 私の財産よ!」
「それは違うだろう。貴様の財産ではなく、父親から貰っていた財産だろう? 貴様は財閥の力を自分の力と過信しすぎていたのだ。これはその報いという事だな」
地位も名誉も失い、さらには財産さえも失った哀れなフーコは、我に必死に頼み込んできた。
「お願いします! 何でもしますので! 私を助けてください! 全部私が悪かった! もう貴方にもレイにも危害を加えないから! だからお願い! 私を助けて!」
檻に限界まで顔を近づけてフーコが懇願する。だが正直鬱陶しかったので、我は檻の隙間からフーコに渾身のビンタを喰らわせてやった。彼女の体は勢いよく吹っ飛ばされ、狭い檻の中の壁に衝突した。
「最早貴様の声すら聴きたくないわ。レイさんが貴様から受けた痛みを想像しながら、何もないどん底の人生を過ごしておけ。次に我とレイさんの前に現れたら、少し早い火葬を執り行うからな? それを肝に銘じておけ。二度と我の前に現れるな」
我はフーコにそう吐き捨てて、今度こそ牢獄を後にする。後ろからフーコが泣き叫ぶ声が聞こえたが、最早気にもならない。レイさんをいたぶった報いだ。
牢獄を出て、外の空気を吸い込む。ようやく隔絶された空間から戻ってきた。今日もこの街の人々は活気に満ちていた。
よし、やるべきことは済んだ。あとは、明日のライブを心待ちにするだけだ。
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「コブリンよ、戻ったぞ」
「お帰りなさいませ魔王様! 風見原フーコの断末魔はいかがでしたか?」
魔王城に戻ると、早速コブリンが現れて我に水を渡してくれた。
「良い物が聞けた。これで心置きなく明日のライブを楽しむことができそうだ。そちらも、街の復興は順調か?」
「はい! 皆の協力もあって、瓦礫は大体片付いてきましたよ! 人間達も我々魔物の強力な力のお陰で作業がはかどると感謝していました!」
「そうか。それなら良かった」
どうやら意外と、人間達は魔物を受け入れてくれているようだった。この調子ならば、魔物と人間の共存も案外簡単に叶うかもしれない。
「ところでコブリンよ、ガンマさん達の容体はどうだ?」
我はコブリンに大事な事を聞く。全員生き延びたとはいえ、皆かなりの重傷を負ったのだ。いつ何が起きてしまってもおかしくない。
それに、カイトが復帰できなければ、明日のライブはそもそも行えないだろう。だが、未だにジェットスニーカーズ公式からの発表は無い。
「ここに戻るときに病院に行って、皆さんの様子を聞いてきました。病院の方によれば、皆順調に回復しているそうですよ! カイトさんも、何とか明日のライブには出られそうとの事です!」
コブリンからそのことを聞いて、我は一安心した。そしてスマホを確認すると、丁度ジェットスニーカーズに関するネットニュースがトップに上がっていた。
『ジェットスニーカーズ、クリスマスライブは予定通り実施予定』だそうだ。カイトの事が心配ではあったが、それでもライブを決行してくれるのは嬉しかった。
そしてニュース記事を読み込むと、どうやら今回のライブがチャリティーライブに変わったらしいことが書かれていた。
チケットや物販の売り上げ等は、街の復興支援に募金されるそうだ。いかにもカイトが考えそうな良い企画だ。
「あ、それと魔王様、風見原財閥の会長から慰謝料として十兆円を頂きましたよ! あのフーコの財産と考えると癪ですが……、これで財政の立て直しも何とかなりそうですね!」
「ああ。ここに来て色々な問題が一気に解決しだしているな。良い兆候だ。あとは……、この良い流れが明日も続いてくれれば良いのだが……」
「レイさんとの件ですね。魔王様、頑張ってください! 私も応援していますよ!」
コブリンの応援を受け、我はとびきりのピースサインを返してやる。その様子を見てコブリンは嬉しそうに笑っていた。
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十二月二十五日。今日はついにクリスマスだ。人間達は心躍り、昨日よりもさらに活気づいていた。
我は凍えるような空気の中、レイさんを待っていた。
ちなみに、昨日の夜は楽しみすぎてほとんど寝ることができなかった。なので少し眠気が辛い。
カイトから貰ったチケットを見つめ、我は自分を安心させようとする。
ふと上を見上げると、雪が降り始めていた。そういえば、最後にレイさんと会った時も雪が降っていたな。
そんな事を思っていると。
「ボロスさん、久しぶり」
レイさんが我の元に駆けよってきていた。
久しぶりに見るその姿に、我は心躍っていた。
だが、これで満足してはいけない。想いを伝えるのだ。
我はそう心に決め、レイさんの方へと歩き出した。
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