第59話 想いを伝える時

 久々に見るレイさんの姿に我は心躍ったが、先日風見原フーコにつけられた傷がまだ完治していないようで、眼帯をしたり包帯を巻いたりとかなり痛々しい姿をしていた。

 だが、彼女はそんな状態でも我に会いに来てくれた。これほど嬉しい事は無いだろう。

 久々と言っても、日数にしてみると九日だった。それでも十分長い日数だとは思うが、この間に色々な事がありすぎたのでとても久々に感じてしまう。


「……色々と聞きたい事はありますけど、とりあえず行きましょっか」


 レイさんはやはり我の事について色々気になっているようだが、とりあえずはライブ会場に向けて出発することになった。


「……ボロスさん、あの配信で言ってたことって、全部本当の事なんですよね? ボロスさんが魔王だって事も、人間と対立する気はないって事も」


 やはりと言うべきか、レイさんはそのことを我に聞いてきた。口ぶりからしてあの配信のアーカイブを見てくれたようだが、それでも直接聞くのは、やはり我の口から理由を聞きたいからだろうか。


「……ああ。全部本当の事だよ。だから俺は魔王だけど、レイさんや皆に危害を加えるつもりはない。だから、そこは安心してほしい」


 我が直接レイさんにそう伝えると、彼女はほっとしたような表情を浮かべて、「良かった……」と呟いた。その優し気な表情に、我の心臓がドクッと跳ね上がる。


「レイさんは、俺の事信じてくれてたんだよね? フーコの言葉に踊らされた市民に襲われても、フーコ自身に攻撃されても、その意志を貫いてくれたって聞いてる。その事が、俺にとっての力になったんだ。こんな俺を信じてくれて、ありがとう」


 我がレイさんに感謝の気持ちを伝えると、彼女は何かに気付いたようで、笑いかけながら我に聞いてきた。


「そういえばボロスさん、敬語、やめたんですか?」

「……ああ。魔王だと世間に隠す必要が無くなったら、少し気が楽になって。それで気が付いたら、自然に喋れるようになってたんだ」


 配信を始めたばかりの頃は、コブリンに話し方を矯正されていたが、今となっては普通の喋り方が酷ではなくなっていた。これも、人間達との交流のお陰だろうか。


「そっか……。なら、私も嬉しいな。ボロスさんの本当の姿を見れたような気がして」


 気が付けば、レイさんも我に対する敬語を外していた。そんな彼女の姿は、以前よりものびのびと輝いているように見えた。


「本当の姿、か……。レイさんは怖くないの? あの配信で俺の本当の姿を見て。俺は異形のスライムなんだぞ? 定まった形を持っていない、あんな化物のような姿だぞ?」


 我は一番気になっていたことを聞いた。レイさんは我の事を信じてくれていたが、魔王としての我の姿を見て、それを受け入れてくれるのか。

 分からない事は最大の恐怖だ。返答が得られるまでのしばらくの間、我は底知れない不安感と恐怖に怯えた。もし、レイさんの答えがノーだったら。我の心はどうなってしまうのだろう。


「姿形を変えられるって、凄い事じゃん! 私はその力、羨ましいけどな~。それに、ボロスさんは強くて優しい心の持ち主だって、私知ってるから。ボロスさんがどんな姿になろうと、その心だけは変わらないって」


 レイさんのその本心からの返答を聞き、我の中にあった恐怖や不安といった感情は一気に消し飛んだ。そして代わりに我の心は、我の心を受け入れてくれたレイさんへの嬉しさと感謝でいっぱいになった。


「レイさん……」

「だから、ボロスさんはもっと自分らしくして良いんだよ。ボロスさんのその良い人な所をもっと前面に出せば、ボロスさんを受け入れてくれる人はもっと増えると思うよ!」


 あぁ。レイさんはどこまで良い人なのだろう。こんな我を受け入れて、しかも認めてくれるなんて。

 やっぱり我は、彼女を一生守りたい。そしてずっと笑っていてほしい。君の心からの笑顔が、我を変えてくれたんだ。

 クリスマスライブという最高の席を用意してくれたカイトには本当に感謝しなくてはな。彼が我らに用意してくれたクリスマスプレゼントを受け取った後に、レイさんに想いを伝えよう。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 会場の中に入ると、そこには大量のグッズが置かれていた。そして、「グッズを買って復興を支援しよう!」という張り紙も。

 我らはそこでお互いにお揃いのキーホルダーを買ってから、観客席へと足を運んだ。

 カイトがくれた席のチケットは、まさかの最上級の席だった。この位置ならば、ライブを最大限に楽しむことができるだろう。

 時間が経つにつれ、周囲の席が次々とファンたちで溢れかえっていった。やはりジェットスニーカーズの人気、圧倒的だ。

 そしてついに、会場が暗闇に包まれる。直後、青く輝いたステージの上から現れたのは、ジェットスニーカーズのメンバーだ。


「みんなー! 今日は来てくれてありがとう!」


 そこには勿論、カイトの姿もあった。だがカイトも、親父との戦いでの負傷が大きく、全身に包帯を巻いた痛々しい姿だった。

 その姿に、ファンたちも心配そうな声を上げる。だが、それをカイトが一声で静めた。


「皆さんご存知の通り、俺は先日のディア十七世との戦いで、かなりの傷を負いました。でも、それ以上に街は傷ついている。街の為に何かできることは無いか。そう考えた末の結果が、このチャリティーライブです。腕の骨が折れてるからギターは弾けないけど、俺は歌うことができる。それならこの歌で、皆を救う事ができたらどれだけ幸せな事だろう。今日はここに来てくれた皆だけじゃなくて、今も復興のために懸命に働く人達に向けても歌います! みんな、頑張っている人達にも届くくらい、盛大なライブにしよう!」


 カイトの宣言に、会場は一気に沸いた。外にいても聞こえそうなくらいの大きな歓声が響き渡る。


「まあでも、やっぱりギターがいなくちゃ俺達の曲はできないので。なので今日は、俺の代わりにギターを弾いてくれるスペシャルゲストを呼びました! こちらです!」


 カイトの叫びと同時に、ステージ上に物凄い勢いで煙が噴射される。その煙の向こうから現れたのは……


「コブリン!? どうしてお前がここに!?」


 コブリンはいっちょ前にギターを持って、こちらに手を振りながら登場した。


「彼はゴブリンのコブー=クリン。世界を救った魔王・ボロスの執事です。コブリンって呼んでやってください。彼は魔物だけど俺達のファンで、ボロスにバレないようにこっそりギターの練習もしてたみたいですよ!」


 え、そうだったの? コブリンがたまにジェットスニーカーズの曲を聴いていたのは知っていたが、まさかギターの練習までしていたとは。


「魔王様、ずっと黙ってて申し訳ございませんでした! でも、とびっきりのサプライズという事で! 今日はジェットスニーカーズの皆さんと思いっきり盛り上げていきますよ!」


 コブリンは我に謝罪の言葉を放った後、ギターをかき鳴らした。まるでカイトのような鮮烈なギターの音色を皮切りに、一曲目の演奏が始まった。

 カイトもまだ体が痛むはずだが、それでも全力で魂を込めて歌っていた。その本気の歌声に、我の心は動かされた。

 その曲は恋する人への応援歌のようで、カイトが全力で我の背中を押してくれている感じがした。

 なら、我もそれにしっかりと応えねばな。この場を用意してくれた恩、しっかりと返さねば。

 レイさんと共に盛り上がりながら、我はライブを楽しんだ。その間だけは曲を通じて、レイさんと一つになれたかのような錯覚を味わった。この開放的な空間で、同じものを追いかけて熱狂する。そうすれば、心は通じ合うという物なのだろう。

 ライブが終わるのはあっという間だった。やはりジェットスニーカーズの曲は素晴らしいのだが、それに負けない程コブリンのギターも良い出来だった。後で賞賛してやるとしよう。

 ライブが終わり客が次々と帰ってゆく中、我もまたレイさんと共に会場を後にした。背中にカイトとコブリンの応援する眼差しを受けたような気がした。

 ついに、運命の時がやってきた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 外に出ると、既に日が沈み夜を迎えていた。まだ雪は降り続けており、暗闇の中にゆっくりと落ちてくる白い雪が映えていた。

 我とレイさんはそんな道のりを歩きながら、何も言えずにいた。

 やはり、いざとなると緊張してしまう物だ。中々切り出す勇気が出てこない。

 だが、この想いをいつまでの自分の内にしまっておくのは駄目だ。想いは言葉にして伝えなければならない。想っているだけで、何かが変わることは無い。

 カイトとコブリンにも背中を押してもらっただろう。覚悟を決めろ。


「……レイさん。君に伝えたいことがある」


 街の中に堂々とそびえ立つ巨大なクリスマスツリーの前で、我はついに切り出す。レイさんも何かを察したのか、緊張した様子で我を見つめる。


「……俺は、君に救われた。あの時ダンジョンで君に出会って、俺は初めて人間の勇気に触れた。人間の心はこんなに素晴らしいのだなと感じることができた。俺が変われたのは、間違いなく君のお陰だ。俺を変えてくれて、本当にありがとう」


 そこまで言うとレイさんは、照れくさそうな笑みを浮かべた。


「貴方に救われたのは、私もだよ。あの時ボロスさんが助けてくれなかったら、私も母も死んじゃってた。今の私がいるのは、全部ボロスさんのお陰だよ。ありがとう」


 レイさんは照れた笑みを浮かべながら、我にお返しの感謝を伝えてくれた。前置きは十分だろう。さあボロス、伝えるんだ。自らの思いの丈を。この想いを。


「……俺は君に出会って、日々が一気に楽しくなった。君の純粋さは俺が今まで生きてきた中で感じたことが無いもので、君と過ごした時間はいつも新鮮だった。だから俺は……、そんな君と一緒にいたい。君を一生守りたい。いつまでも優しくて強い君のままでいてほしい。……俺を変えてくれたのは、君のその優しさだから。その優しさに、いつまでも触れていたい。———レイ、君が好きだ」


 それを聞いたレイさんは少し驚いた表情を見せたが、その後すぐに、若干赤くなった顔にいつもの笑みを浮かべて、我に返事をくれた。


「……私もね、ボロスさんと過ごしてた時間はすっごく楽しかった。ボロスさんはどこか抜けてるところがあって可愛くて、それでもちゃんとカッコいい時もあって。出会った時から、貴方は私のヒーローだった。これからも、私のヒーローでいてくれるなら嬉しいな。———私も大好きだよ、ボロス」


 レイさんはそう言いながら、我に抱き着いてきた。冷たい空気の中で、彼女の暖かさはより鮮明に感じられた。

 ……やっぱり、あったかいな。

 レイさんの暖かさを感じ、我は彼女の優しさに包まれたような感じがして、気付けば涙を零していた。

 そんな我らを祝福するように、天からは白く柔らかい雪が降り続けていた。

 抱き合っていた我らは共に上を見上げる。この愛がいつまでも続くようにと、天に願いを込めて。

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