第32話 魔王様、横浜に降り立つ!

 四日後の水曜日。Aランク冒険者の定例集会が開かれる日だ。

 我はレイさんと共に電車に乗って横浜まで来ていた。

 何故レイさんもいるのかだと? 簡単な話だ。我がこれまで横浜に行ったことがなかったので、案内を依頼しただけだ。

 この話をしたときレイさんは「やっぱりボロスさんってちょっと可愛いところありますよね」と我をからかっていた。だが、それさえも可愛げのある所作によりついつい許してしまうのが、レイさんの恐ろしい所だ。


「ボロスさん、次の駅で降りますよ」

「え、もうですか!? あと三駅くらいなかったっけ?」

「次の駅ったら次の駅ですよ! ほら準備して!」


 駅の名前が分かりずら過ぎて、感覚が全くつかめない。そして、珍しくレイさんが強気だ。ちょっと怖い……。

 我らは次の駅で電車を降りたが、人間が山ほどいたのと、駅の構造が複雑すぎたのとで、三回くらいレイさんとはぐれて迷子になってしまった。


「ボロスさん! 何回迷子になればすむんですか!」

「すいません……、駅には慣れなくて……」


 我とした事が、何とも情けない醜態をさらしてしまった。どうにかしてここから挽回して、レイさんの我のイメージを元に戻さなくては。


「でも、やっぱり可愛いとこありますね」


 ん? 案外レイさんの機嫌、悪くなさそうだ。そんなに怒っていないのか?

どちらにしろ、我の新たな一面を知って、それに好印象を抱いてくれているならば、それに越したことはない。

 その後は必死でレイさんの後を追いかけて、何とか駅という魔境から脱出することに成功した。


「ここまで来れば後は大丈夫です。レイさん、ありがとうございました! 集会が終わるまでは自由にしててください」

「了解です! 終わったら連絡お願いしますね!」


 そう言って、レイさんと一度分かれる。

 我が駅で迷う事を予測して、かなり早めに来ていたのが幸いした。今は午前九時半、集会開始まであと三十分だ。

 これならもう安心だ。流石に外で迷う事はないと思ったのだが……。


「———迷ったッ!」


 横浜という全く土地勘が無い場所であり、我の方向音痴も発動し、どこに行けば良いのか全く分からなくなってしまった。


「クソォ……、我としたことが、まさかここでも迷うとは、何たる屈辱……!


 自らの弱さにうなだれていると、突然誰かに話しかけられた。


「……あれ、もしかしてボロスさんっすか?」


 その男は我の顔を見て驚いたように言った。


「俺を知ってるんですか?」

「もちろんっす! だって、初のSランクダンジョン攻略者っすよ? 今やあなたを知らない人はいないっすよ!」

「……一応変装はしてたんですけど、よく分かりましたね」

「ウチの店の前に突っ立ってる変な人がいたので、注意しようと思ってよく見てみたら、まさかの時の人のボロスさんだったって訳っすよ!」


 男に言われて、我は初めてそこにある建物に目をやった。

 男の店なのだろうか、「豆腐専門店ふうと」という看板が立てかけられていた。


「豆腐屋さん、ですか」

「はい! 俺、この豆腐屋の店主の風斗って言います。よろしくっす!」


 男――風斗さんは、そう言いながら我に握手を求めてきた。

 というかこの喋り方、どこかで聞いたことがあるような……。

 ……あ。もしかしてアイツか?


「あの、もしかして風斗さんって、俺の配信によく来てる弟分ニキさんですか?」

「おぉ! マジか、認知されてた! 嬉しぃぃぃぃぃぃぃ!」


 あ、当たりっぽいな。まさかこんな所で遭遇するとは。


「いやぁ、いつも配信見させてもらってます! ボロスの兄貴のためにできることがあれば何でもしますよ! そうだ、ウチの豆腐食べてきます?」


 弟分ニキ―――風斗さん、今何でもすると言ったよな。ならば、彼を頼るしかない!


「風斗さん、実は一つお願いがあしまして。俺はあと十分で国立横浜会議場に行かないといけないんですけど、実は迷ってしまいまして……。最短ルートを案内してもらえませんか!?」


 ファンの人間にこんなことを頼むのは物凄く恥ずかしかったが、背に腹は代えられない。


「成程……、了解っす! 十分となると、車に乗っていった方が良さそうっすね! 今車出します!」


 え、そんなにしてくれるのか? まあ、ありがたい事この上ないが。


「さあ兄貴、乗ってください! 時間が無いですよ!」

「風斗さん、ありがとう!」


 そして我は風斗さんの協力もあり、何とか時間までに会場周辺に着くことができた。


「本当にありがとうございます、風斗さん!」

「いやいや、むしろこっちがお礼を言いたいくらいですよ! まさか推しに会える日が来て、しかも頼られるなんて……! 良かったら、昼飯はウチに食べに来てくださいよ! これからも応援してますぜ!」


 風斗さんに別れを告げ、我は急いで会場へと走り出す。

 会場はもう見えている。流石に迷う事はない。

 残り二分か。急がなくては!


「フレイムブースト!」


 我は魔法で動きを加速し、一気に会場まで駆け抜けた。

 あと一分のところで、会場に入る。確かこのビルの三階が目的地だったはずだ。

 エレベーターよりも階段を上った方が速い。我は魔法を維持したまま、一気に階段を駆け上がった。

 あと十秒のところで、我は会議室の扉を開いて、中に押し入った。


「ボロス君、ギリギリセーフだ!」


 その部屋の中央には円卓が設置されていて、そこに七人が座っていた。

 既にメンバーは全員揃っているようで、ガンマさんやカイト、フーコ、そして残りのAランク冒険者と思わしき三人、そしてスーツを着た偉そうな人間が一人いた。


「全員揃ったようだね。では、これよりAランク冒険者定例集会を始める」


 スーツの男の一言で、最強達の集会が幕を開けた。

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