第26話 不穏な影

 風見原フーコ(ガチ恋ネキ)というぶっ飛んだ変態に襲われた我らだったが、気を取り直してダンジョンの探索を再開した。


「ガンマさん、魔物の気配が強くなってます。気を付けて進みましょう」

「ああ。お互いいつでも戦闘に移れるように警戒しておこう」


 実際、ここから先は先程までよりも強力な魔物を配置したエリアだ。

 だが、おかしい。我とコブリンが配置した魔物の気配はここまで強大ではなかったはず。一体何が起こっている?


『何だこれ……、画面のこっち側まで圧が伝わってくるぞ』

『素晴らしい……、これぞ漆黒なる深淵のオーラ! 我が封印されし右腕が暴れだしそうだ!〈中二ニキ〉』

『なんか変なの出てきたwww』

『ここにきて新キャラかよwww』

『ホントこのチャンネル、濃いキャラ多いよなぁ』


 コメントにもその異様な気配が伝わっている……はずだったが、またも変な視聴者の登場によってかき乱されているようだった。

 中二ニキよ、そういう喋り方はある程度の実力が伴っている者がするから格好良いのだ。貴様のような軟弱者がそうしたところでただの奇人に過ぎん。

 まあ、これを実際に言ってしまえば炎上案件なので黙っておく。


「ガンマさん! 魔物です!」


 そんな事を考えているうちに、我らの前に魔物が現れた。

 ……やはり、我らの知らない所でこのダンジョンは改造されているようだ。

 現れた魔物はケンタウロス。胴体はほぼ牛で、その首の辺りから人間に近い形の胴体が生えている異形だ。

 だが、様子がおかしい。本来肌色である上半身の肌は赤黒く染まり、黒い魔力が漏出している。


「……ガンマさん、コイツは危険です。おそらく、さっきまでとは比べ物にならないほど強い」

「だろうな。こちらもそろそろ全力を出すしかないようだ」


 先手必勝とばかりに先に攻撃を始めたのはガンマさんだった。


「喰らえ、雷神砲ライジングキャノン!」


 ガンマさんは先程よりも何倍も膨大な量の電気を、ケンタウロス目掛けて一気に放電した。その姿は雷そのものだった。


『出た、ガンマさんの十八番!』

『これなら流石に倒せるだろ!』

『ガンマ様のこの魔法を受けて立っていた魔物はいないわ!〈ガンマ親衛隊〉』


 煙が晴れ、ケンタウロスの姿が見えた。奴は負傷こそしていたが、それは問題なく活動できるレベルのものだった。


「……マジか! 流石にタフだな!」


 だがガンマさんはそれを見ても一切うろたえず、ケンタウロスに接近していった。


「ガンマさん、俺も加勢します! 炎魔幻骨インフェルノラッシュ!」

「助かる、ボロス君! 雷神砲ライジングキャノン!」


 我の炎の連撃とガンマさんの雷撃を喰らって、ようやくケンタウロスは倒れた。


「ふぅー、流石に一筋縄ではいかないな」

「ですね……。———ん、これは……」


 倒したケンタウロスの体から何かが落ちた。我はそれを拾い上げて確認する。


「……ほう」


 それは赤黒い鉱石の破片だった。


「おい待て、これって魔鉱石じゃないか!?」


 ガンマさんが酷く驚いた口調で聞いてきた。

 この石は魔鉱石。その名の通り、内部に膨大な魔力を秘めた石だ。

 だが、その魔力は強い闇の魔力。人間も魔物も、これを飲み込んだ者は自らの魔力が闇に染め上げられた上で膨張し、制御できない程の破壊衝動に襲われる。

 そのあまりに危険な特性から、魔鉱石の唯一の採掘場・魔王領にある渓谷は立ち入り禁止になり、魔鉱石の所持も法律で禁止された。

 魔王領でしか採れない魔鉱石が、何故人間領の中のダンジョンにあるのだ?

 ……まさか、何者かがここの魔物達に魔鉱石を与えた?


「ガンマさん、この先に漂う異常なまでの気配からして、もしかしたらこの先にいる全ての魔物が魔鉱石を飲み込んでいるかもしれません」


 最早、それしかこの気配を説明できる理由がなかった。


『マジかよ……』

『とある研究機関の実験によると、魔鉱石を飲み込んだ魔物は通常時と比べてその魔力が平均で三倍に跳ね上がるらしい。狂暴性は通常時の比ではない。〈博識ニキ〉』

『解説乙……、だけど具体的に言われると絶望感えぐいな』

『【50000】頼む、二人とも生き残ってくれ……!〈赤スパの悪魔〉』

『もしヤバい時は私加勢しに行くからね!? 今もダンジョンの入口前で待機してるから!〈ガチ恋ネキ〉』

『まだいるのかよwww 帰れやwww』


 コメントは若干冗談めいているが、現状はかなり深刻だった。

 Sランクの魔物が魔鉱石で強化されたとなると、ガンマさんはかなりまずいかもしれない。かといって、我も本気を出しすぎると魔王だとバレる可能性があるので、全力を出すことはできない。

 ここからの戦いは、かなり厳しい物になりそうだ。

 そう思ったのだが……。


「おかしいな、さっきから気配はするのに一向に魔物が現れない……」


 そう、全く魔物がいないのである。それにも関わらず、奥からは未だ強力な気配が漂っていた。


「一体何が起こって———ボロス君!」


 ガンマさんが突然身構えた。彼の視線の先を見て、我も驚愕する。

 そこにあったのは、魔物の頭だった。恐らく大型のワイバーンだろう。首から下が何者かに食いちぎられたかのようになっており、そこから赤黒い血が流れ出ていた。


「ガンマさん、これってまさか……」


『ヤバい、今めっちゃ鳥肌立ってる』

『闇の者であるこの我でさえ震える圧倒的恐怖……、これはヤベェ!〈中二ニキ〉』

『おいおいおい、そんな事あるのか!?』


「———まさか、魔物が別の魔物を捕食したのか?」


 ここまで全く魔物がいなかったのは、全て食い尽くされていたから。血痕すら残っていなかったのを見るに、恐らくここまでの魔物は全て丸呑みだったのだろう。

 この先に我らが配置した魔物ならば、大抵の魔物は丸呑みできてもおかしくない。

 そして最も懸念すべきは、その魔物たちは恐らく皆「魔鉱石を飲み込んでいた」ことだ。

 それらを捕食した魔物にまで、魔鉱石の効力が出ている可能性がある。そうなった場合、その魔物の力は絶大になっているだろう。

 もしかしたら、本気の我でも苦戦するかもしれない。


「……ガンマさん、恐らくこの強大な気配は全てボスの物です。———ボスと戦いますか?」

「………ああ。ここで逃げては、挑戦した意味がない。Sランクダンジョンを攻略できるのは俺達だけだ。俺達が、人間でもSランクダンジョンを攻略できるという事を証明するのだ!」


 ガンマさんに一切の迷いは無いようだった。


「それじゃあ、行きますよ!」


 我とガンマさんで同時にボスへの扉に手を掛け、開いた。

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