第15話 デートは破壊される

 レイさんが観覧車の方へ駆けていき、我はそれを追いかけた。


「ボロスさん! 早く乗りましょうよ!」

「待ってくれ……! まださっきのジェットコースターで抜けた腰が戻ってない! あんまり早く走らないで……!」


 何とみっともない台詞だろうか。こんな物、部下達に聞かれたらたまったものではない。だが実際、ジェットコースターに腰を抜かしてしまったのも事実だ。あの恐怖も乗り越えてこそ、真の魔王というものなのだろう。

 何とかレイさんに追いつき、二人で真下から観覧車を見上げる。

 頂上は、その辺りにあるビルなどよりも遥かに高い場所にあるようだった。これほど高いならば、もしかしたら東京湾まで見渡せるかもしれない。


「凄いですねー! 下から見上げるとより巨大な感じがします」

「俺、高所恐怖症は流石に無いので大丈夫ですからね!?」

「えー、ビビってるボロスさん見るの結構楽しかったのに……」


 え……、我の怖がる姿で楽しんでたの?

 我はレイさんの言ったことが意外すぎて、しばらく固まっていた。


「ボロスさん! 早く並ばないと待ち時間長くなっちゃいますよー!」


 レイさんにそう言われたので、我は急いで彼女の元に向かうことにした。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「二名様ですね。ゆっくりお楽しみください!」


 園の従業員に見送られ、我らは観覧車に乗り込んだ。一瞬だけ従業員から羨ましそうな目で見られた気がしたが、気にしないことにする。


「ゆっくりですね~」

「そうですね」


 観覧車は、じれったい程ゆっくりと回っていった。

 その余りの遅さに、時間の流れさえも遅くなったのかと錯覚する。

 無限にも思える時間の中で、レイさんと二人でこの狭い空間にいるという事実は、我の心臓の鼓動を早めさせた。

 高度が上がってゆくにつれ、比例するように我の心も高まっていき、輝きを増すビル群の光が我らを照らし出した。


「……綺麗ですね」


 本当に、レイさんの言う通りだった。

 光り輝くビル群も、今我の目の前にいる少女も。

 この瞬間だけは、この世の全てが美しく思えた。


 ようやく半分くらいまで上がって来たようだ。少しずつ広大な東京の街の景色が見え始めていた。

 光はさらに輝きを増し、まるで我らに祝福を与えているかのようだった。いや、流石に気が早いか。

 刻一刻と高まる高度。伴うように高鳴る拍動。

 美しき世界の全貌を、レイさんと共に目に焼き付けるその時が待ち遠しかった。


「ボロスさん、もうすぐ頂上ですよ」

「……そうだな」


 最後の一時まで、観覧車の速度は遅いままだった。だがだからこそ、この景色がより鮮烈に刻まれるのだろう。

 白く輝く東京湾が、目の前にはあった。

 数多の車がせわしなく動き、海では船が忙しそうに出入りしている。数多の人を抱えたビルは静かにそこに鎮座しており、真下では楽しそうな人間たちが心のままにはしゃいでいた。

 人間によって作られた、この東京という街の全てを、我は今見ているような気がした。

 これが今まで、我が卑下していた人間たちが作り上げた文明の結晶か。

 我の人間に対する感情は、自ずと変わり始めているようだった。

 ふと隣を見ると、レイさんもこの景色を目に焼き付けているようだった。

 景色を眺めるレイさんの瞳は、この街にも負けないほど輝いているように見えた。


 皮肉な事に、我らが頂上に達した途端に観覧車の速度が上がったように感じられた。美しかったその景色も、あっという間にフェードアウトしてしまった。


「すっごく綺麗でしたね! ボロスさん!」


 ……言えない。

 あなたも負けないくらい綺麗でしたなんて、言えるはずがない。

 我は照れ隠しで、下を向いたまま黙り込んだ。


「……ボロスさん? あ、もしかして高所恐怖症でした?」


 どこまでも純粋なレイさんに、思わず笑ってしまった。

 

 ———が。


「……ん? あれは……」


 今一瞬、我の目線の先———遊園地のど真ん中あたりで、何かが光ったような気がした。それは魔法陣の様に見えなくもなかったような―――


「魔法陣……? ———まさか」


 我の最悪な予感は的中したようだった。

 刹那、その魔法陣が描かれた場所がより一層輝き、一瞬視界を奪われた。

 再び目を開けたその時には、圧倒的な存在感を持つ異形が現れていた。

 三メートルはあるであろうその巨体は、皮肉にも先程の景色と同じような銀色の輝きを放っていた。

 肩にガトリング砲、背中にはミサイルが二つ、全てを殴り壊すために取り付けられたかのような剛健な拳、それらの重さに耐えるべく強化された力強い脚部。

 存在そのものが破壊の象徴であるかのような魔物が、降臨した。

 その魔物は挨拶代わりとばかりに、ガトリング砲を乱射し、ミサイルを一気に二発も発射した。


「レイさん、危ない!」


 我は咄嗟にレイさんに覆いかぶさった。

 幸い、こちらに攻撃が届くことは無かったが、今の一撃でかなりの負傷者が出たようだった。


「クッソ、一体アイツは何なんだ!? とにかく、早く止めないと!」


 我は観覧車の扉を開けて、そこから飛び降りた。


「ちょっと!? ボロスさん!?」


 レイさんが心配しているようだったが、そこは心配ご無用。

 即座に『深淵の手』を発動し、観覧車の支柱に掴まって、その魔物の元に降りていった。


「そこの貴様。我とレイさんの楽しい時間と、我らの思い出の地となる予定のこの遊園地を傷つけた罪は重いぞ。スクラップ以下の鉄塊にしてやるよ!」


 メタルの異形を正面に見据え、我は戦いの火蓋を切った。

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