第12話 進展と父の呪い

 嬉しそうに微笑むレイさんを前にして、我もポケットの中からスマホを取り出し、メールのやり取りができるというアプリ「マイン」を開いた。

 とは言っても、コブリンにとりあえず入れておけと言われて仕方なく入れただけなので、連絡先を交換しているのはコブリンだけだった。

 つまるところ、これが我の実質初めての連絡先交換。そう思うと少し嬉しくなってきた。


『人間は怨敵だ。決して馴れ合うなよ』


 マインを開いて連絡先を交換しようとしたその時、父上の言葉が脳裏をよぎった。

 先代魔王である父上は、人間をひどく忌み嫌っていた。その為、我が魔王に即位した時、人間と魔物の関係はかなり悪くなっていた。

 そんな父上に「人間は愚かな生き物」と教えられて生きてきた。そして我も今までそれを疑ったことがなかった。


 だが、揺らいでいる。

 ダンジョン配信を始め、視聴者を始めとした色々な人間と関りを持ち始めて、案外良い人間もいるのではないかと思い始めていた。

 少なくとも、我は今目の前にいるこの少女を、愚かだとは思わない。それだけは確信を持って言う事が出来た。

 そもそも、ダンジョン配信を始めた時点で、父上の言う事には反していただろう。今更人間と連絡先の交換をしても、大して変わらない。

 我は自分にそう言い聞かせた。


「……交換しましょう、連絡先!」


 脳内を反響する父上の言葉を振り払い、我はスマホを突き出した。


「……はい!」


 程なくして、コブリンしかいなかった我の連絡先リストの中に、レイさんの名前が追加された。これで離れていてもレイさんと話すことができる。

 コブリンよ、これを見越してマインを入れるように言っていたのか。流石は我が右腕よ。帰ったら奴の好物の豆腐を大量に振る舞ってやるとしよう。


「ボロスさん、何度も申し訳ないんですけど、ちょっとお願いがあって……」


 我が連絡先を好感した喜びをかみしめていると、レイさんが何か言いたげに話しかけてきた。

 ……我に頼み事か。普通の人間ならば、不敬であるとして即座に切り捨てていただろう。しかし何故だろう、レイさんに頼りにされるのはむしろ嬉しかった。


「何ですか? 俺でよければ何でもどうぞ」

「あのー……、今から私の配信に出てもらえませんか!?」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 と言った感じで、レイさんの家で彼女の配信に参加することになった。

 レイさんのマーチューブチャンネルは主にゲーム実況配信や裁縫の動画、稀にダンジョン配信を行っているようだった。登録者も五千人ほどおり、彼女の地道な努力が伺えた。


「皆さんこんにちは、レイです! 今回は命の恩人のボロスさんと一緒にゲームで遊んでいきますよー!」


『レイさんこんにちはー!』

『レイさんの命の恩人……! ありがとうございます!』

『初コラボ!? やったー!』


 レイさんのコメント欄、何だか優しい者が多いな。我の物とは大違いだ。


「こんにちは、ボロスです! 紆余曲折あって、レイさんとゲーム実況配信することになりました~」


『あなたがレイさんの命の恩人! 感謝しかない!』

『ボロスちゃんねる登録してきました! Aランクすごいですね!』

『レイさん凄い人とコラボしたな~』


 ……やっぱりここの人達優しいな。聞いていてこっちまで癒される。


『兄貴ィ! コラボするって聞いて急いでやってきましたぜ!〈弟分ニキ〉』

『同じくボロスちゃんねるから来た者です! よろしくお願いします!』

『凄い……、ボロスさん効果で沢山人が来てる!』


 どうやら我の視聴者も少しずつ現れだしたようだ。その面子でさえ、ここのコメント欄は受け入れているのだから、本当に治安が良いのだろう。


「ボロスさん、今日は何のゲームしますか? ボロスさんが決めて良いですよ」


 レイさんはそう言って、ゲームのカセットが入ったケースを渡してきた。

 人間のゲームには初めて触れるから、何が何だかよく分からない。だが、それを言ってしまっては我が魔王だとバレる危険があるので、知っているフリをしてやり過ごす。


「うーん、これが良いですかね~」


 我は適当に選んだカセットをレイさんに手渡した。


「お、スマファイですか! ボロスさん格ゲー好きなんですか?」

「……格ゲー? をやるのは初めてですね。ま、まぁお手柔らかにお願いします!」


 格ゲーとは何だ? 最早何を言っているのか全く分からん。


『ボロスさん初格ゲーかー』

『レイさんはスマファイ強いですよ!』

『兄貴頑張ってください!〈弟分ニキ〉』


 レイさんからコントローラーを受け取り、操作性の確認をする。

 薄い水色のラインが入ったピンクのコントローラー。可愛い……じゃなくて、スティックや十字キー、各ボタンの動きも実に良い。ひとまず操作性は問題なさそうだ。


「ボロスさん、少し操作の練習していいですよ」


 レイさんに時間を貰い、我はキャラの操作の練習をしたのだが……


『ボロスさん流石に下手すぎwww』

『最強冒険者もゲームには勝てなかったか……』

『兄貴、これは流石に……w〈弟分ニキ〉』


 コメント欄に呆れられてしまった。弟分ニキ、お前だけは我の味方であれ。


「ボロスさん、ここはこうやってこうですよ! ここをこうしてこうするとこうなるんです!」


 レイさんも一生懸命説明してくれているが、正直全く頭に入ってこない。


『これはレイさんの説明にも問題があるなw』

『レイさん可愛い! ボロスさんも可愛い!』

『これ最早カップルだろwww』


 茶化すようなコメントもあったが、我はそれを全力で気にしないことにした。気にしたら負け、変に意識してしまうような気がした。


 結局、配信は最終的に我の格ゲー練習会となってしまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る